トンネルの中には何がいた

mao

トンネルの中には何がいた

 北海道の某所には、毎年のように死亡事故が起きるトンネルがある。

 対向車同士の正面衝突によるものだったり、ハンドル操作を誤りトンネル側面に激突したというものだったり。


 安全運転をしないから、速度を出すから。

 どうせわき見運転でもしていたんだろう。

 事故のニュースを見たり、人伝に聞いてもいつもそんなふうにしか思わなかった。

 あの時までは。


 ある夏の日、私は母と休日を利用してドライブに出掛けた。

 とても暑い日だったから海を見に行き、近くの店で海鮮丼を食べたり、デザートにちょっとシャレたスイーツを堪能したりと、実にいい一日だったと記憶している。

 それなりのお土産も買って、記念に写真も撮って、さあ帰ろうと車を走らせた。


 私はハンドルを握りながら、母の話に適度に相槌を打ったり笑ったり、車内でも楽しい時間を過ごしていた。

 そうして、トンネルに差し掛かった時だった。


 雨が降った形跡もなく、路面状況はとてもいい。ごく普通の灰色のコンクリート。トンネルの中というのは、夏の暑い日には涼しく気持ちのいい空間だった。

 でも、なんとなく。本当になんとなく、ハンドルが重くなった気がした。


 今日は朝から運転しているから疲れが出たんだろう。

 そう思った時、両手でしっかりと握るハンドルが急に大きく右に切られたのだ。


 対向車線をはみ出して右にそれる車、車内に響く母の悲鳴、ぶわっと全身の毛穴が開くような感覚。

 慌てて左側にハンドルを切り、なんとか走行車線に戻ると心臓が壊れそうなくらいバクバクと拍動していた。

 そんな私の右横を、対向車が通り過ぎていく。


 困惑した母を「なんでもない」と宥めながら、半ば無意識にハンドルを守るように前のめりになって、体重をかけてぐっと強く握り込んだ。



『――もう少しだったのに』


 そんなか細い声がすぐ左の耳元で聞こえたのは、夏の暑さが引き起こした幻聴だったのか、それとも……。


 今日もそのトンネルは、たくさんの車を迎えて送り出している。


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