閑話10 貧乳フェチ、勇者になる
交易都市と第二皇都をつなぐ街道を、神輿を運ぶ帝国兵の一団が進んでいた。先頭では立派な馬に乗る騎士が旗を掲げ、楽隊が勇壮な音楽をかき鳴らしている。神輿の中は薄手の布に覆われてはっきりとはわからないが、中に人が乗っていることはわかった。
「ひかえーい! ひかえーい! 緑の魔王を打ち倒した『鉄の棺の勇者』様のお通りであるぞー!」
「だ、だ、だから僕は魔王なんて倒してないんですって!」
神輿の中にいるのはドワーフの若者だった。出身は
「緑の魔王が倒されたってホントかよ?」
「マジらしいぞ。さっき先触れが来て看板まで立てていきやがった」
「ひゃー、そりゃありがてぇなあ」
「まったくだ。これでこのあたりに来る行商も増えるだろうよ」
人々は神輿を運ぶ行列に道を譲り、感謝を込めてカガに向かって手を合わせる。
緑の魔王もろとも皇都が壊滅した後、カガは息も絶え絶えに交易都市へとたどり着いた。ほぼ丸一日走り通しだったために、街門に着くなり倒れ込み、気を失ってしまったのである。
緑の魔王が皇都を滅ぼして以来、そちら側から来る旅人など皆無だった。只事ではないとにらんだ門兵はカガを手厚く介抱し、事情を聞こうとした。その際、カガが「魔王……み、どりの魔王……死んだ……」などとうわ言を口にしていたため、早馬で皇都の様子を偵察したのだ。
そこに広がっていたのは一面の廃墟。緑の魔王との争いは過去何度となく繰り返されてきたが、いずれも一方的に野菜に変えられるだけでまともな戦いになどならなかった。このように、壮絶な戦いの痕跡が残ることなどなかったのである。
この知らせは伝書ハーピーを用いて即座に各所へと報じられ、帝国中に激震が走った。これが事実であれば、皇都の警戒に当てていた兵力を魔王
カガが朦朧と寝込んでいた数日の間に、皇都の調査は完了し、旅のドワーフがたった一人で魔王を打ち倒したと喧伝された。吟遊詩人の歌うところでは、その戦いは神話のそれをなぞる如くであり、獅子奮迅の激闘の余波で皇都は壊滅してしまった……ということだった。
もちろん、帝国の関係者たちはカガがそんな大それたことができる人物であるとは考えていない。正体不明の天災によって神聖なる皇都が害されたなど、あってはならないことなのだ。
この時代における多くの国々では皇帝や王族の権威の絶対化を図って彼ら自身を神、ないし神の末裔とする宗教を打ち立てている。信仰が集まれば神が発生することがわかっているため、人工的に神を創り出すことを目指しているのだ。残念ながら、というべきかはわからないが、その試みが成功した例は数少ないが。
ともあれ、学のない大多数の一般庶民にそのような知識はない。皇帝は神聖にして不可侵であり、その皇帝が創り上げた都はとにかく偉大なものなのである。たまたま緑の魔王という外敵に占拠されてしまったが、それは一時のことであり、いずれ必ず取り戻す……というのが帝国の基本姿勢だったのだ。
第一発見者であるカガは英雄として祭り上げるにはうってつけの存在であった。平地の
酒とご馳走、それに女をあてがっておけば懐柔できるだろうと考えたのだ。カガは「そんな大それた嘘はつけないっす!」と言ってずっと抵抗していたが、一度甘い汁を吸えば簡単に転ぶだろうと強引に宣伝の行列に巻き込んだのだ。
神輿の中には、カガの他に2人の人間の女が乗っていた。交易都市でも指折りの人気を誇る遊女である。ドワーフ男の美的感覚に合わせ、童顔で小柄な美女が選ばれている。
「カガ様って、本当に謙虚で素敵……」
「たくましい腕に厚い胸板……一度でいいから抱きしめていただきたいですわ」
「たくましくなんてないっす! 自分はまだまだ鍛えなきゃいけないっす!」
カガは人間基準では十分にたくましいのだが、
「お一人で魔王を打ち倒すほどにお強いのに、さらに上を目指されるのですね!」
「さすがカガ様ですわ!」
二人は報酬のためと割り切ってこの仕事を受けていた。一人で緑の魔王と激闘を繰り広げ、皇都を壊滅させるような武力を誇る男なのだ。夜の方も相当に荒々しいに違いない……と覚悟を決めていた。
ところが、蓋を開けてみればカガは終始腰が低く、優しい。カガの決して奢らず、誘惑をしても手を出そうとしてこない紳士的な態度にすっかりメロメロになってしまっていた。
カガとて男である。人間で言えば十代後半に当たるもっとも下半身が暴走しがちなお年頃だ。それがなぜドワーフ的美人に対して一切手を出さないのか。それには明確な理由があった。
胸が大きすぎる。
ただその一点である。ここで高町みさきに
恋に目の曇った女達はカガの言動を真に受けず、すべて謙遜と受け止める。小心なカガは、それに対して曖昧な否定しかできない。この誤解が積み重なった結果、カガは『鉄の棺の勇者』の他に、『奢らぬ英雄』『神域に挑む者』などの数々の二つ名で呼ばれることになるのだが、それは別の話である。
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