第九十七話 馬車馬のように働かせてやってください

「ほーん、これが邪神かいな。ガワはたしかに人間そのものやけど、中身はえらい違うのう」

「わ、私を邪神って! 現地発生の蜈?〒縺阪kのくせに!」

「あ、また出た。メルカト様いまの言葉わかります?」

「わからんなあ……。しっかし、ムシゴブリンの鳴き声みたいでキショイのう」


 エルフの森でのなんやかんやから数日後、わたしたちは学術都市に戻ってきた。そしてサルタナさんと一緒に女神モドキを引っ立ててメルカト様の神殿を訪れている。


 正直なところ、この女神モドキの扱いに困ってしまったのだ。罪人というわけでなし、衛兵に突き出しても意味はない。さりとて邪神なんて言われる存在を放置するわけにもいかない。


 というわけで、神つながりのメルカト様に相談しにきたのだ。いっそ封印とかそういうのできないんですかね?


「肉体的には完全に人間やから封印はむずかしいのう。やたら丈夫にできてるみたいやけど強さは並の人間と変わらんみたいやし、神殿で預かってこき使ったろか?」

「ああ、それがいいですね。この世界にかけた迷惑を償うまで馬車馬のように働かせてやってください」

「よくないよくない! そんなの絶対つまんないじゃん! 医?ョ萓?できればすぐにでも帰るのに……」


 両手を縛られ、腰縄を結ばれた女神モドキが喚くが誰も相手にしない。「~~ッス」はキャラを作ってただけのようで、いつの間にか口調が変わっている。いまさらごまかしようがないと諦めたのだろう。


 それにしても、急に面倒ごとを押し付けちゃって申し訳ないですね。


「それはかまへんよ。この邪神をこき使えるなんてむしろ願ったりや。他の神さん連中もようけ迷惑こうむっとるからのう。なんなら鬱憤晴らしにあちこちの神殿に貸し出してもいい商売になりそうや」

「ちょっと! 私をストレス発散用のサンドバッグみたいな扱いしないでよ!?」


 女神モドキが涙目で騒ぐのをメルカト様がにやにやと眺めている。案外Sっ気があるのだな。


「ま、これのことは一旦それでええやろ。正体はこっちでも探っておくわ。ところで嬢ちゃんの目的は果たせたんか?」


 目的かあ。半分は達成したって感じですかねえ。


 ゴブリンとの戦争中はそれどころではなかったが、帰りの旅路でプランツ教授にドワーフ村で育てられそうな作物については相談済みだった。それによると、手持ちにサンプルがないが南方連合とかいう国のあたりで食べられている芋が条件に合いそうだということだった。


 高い気温を好み、土壌の栄養が乏しくてもよく育ち、見た目もサツマイモにそっくりらしい。南方は火霊の力が強く暑い土地らしいのだが、天突あめつく岩の地霊様パワーを使えば温度の問題は簡単にクリアできるだろう。


 なにしろ常時源泉かけ流しの大温泉があるくらいなのだ。その熱を使って温めることは難しくないだろうし、ドワーフの器用さを考えるとハウス栽培用の設備まで作ってしまえそうな気がする。


「南方連合か。そりゃまた難儀やのう」

「はい、魔王軍の攻勢が強まってからは隊商の行き来もほとんどございませんからね。待っているだけではいつ仕入れられるものやら……」


 そうなのだ。情報は手に入ったものの、現物の入手が非常に難儀なのである。


 王国、帝国と南方連合との間には瘴気領域を挟んでおり、その周辺には魔王軍とやらがたむろしている。エルフ村にゴブリンを差し向けてきたと思われる蛸髭たこひげの率いる軍だ。


 そんじょそこらの魔物には負けない実力を身につけた自信はあるが、戦いは数なのである。買い物に行ったら魔物の軍勢とエンカウントしました……はさすがに洒落にならない。


「そういえば、近々王国軍の偵察隊が南方に向かうんやったかな? けっこう大仰おおぎょうなもんらしいし、それにくっついてったらどうや」


 おおう、行軍予定なんて軍事機密なんじゃないのか。そんなのをこんなあっさり教えてもらっていいのだろうか。


「機密なんてことはあらへんよ。ある程度の軍隊を動かすには補給を担う商人の協力が不可欠やからな。事前に同行する隊商の募集をしたりするくらいや」

「商人にしてみれば稼ぎ時でもございますね。普通の商いよりもずっと危険を伴いますが」

「傭兵団なんかは負けそうになると物資かっぱらって逃げたりするからのう。やけど、今回は正規軍だけらしいからそっちの心配は少ないで」


 異世界傭兵団、規律悪いんだなあ。魔物だけじゃなく人間の心配までしなくちゃいけないなんてなったら気が休まらないどころではない。


「それにしても、どうしていまになってそんな偵察をするのでございましょう? 風の噂ではございますが、王国軍は押され気味だと聞いていたのですが」

「ああ、それはな、緑の魔王が死んだらしくての。帝国がそっちに張り付けてた戦力を蛸髭たこひげにぶつけて風向きが変わったらしいんや」


 緑の魔王っていうと、皇都に居座ってたっていうベジタリアン魔王のことか。メガネちゃんたちの話によるとかなり衰弱してたらしいし、ついにお迎えがきたのかな?


「噂やけど、旅のドワーフがひとりで退治したらしいで。街が原型をとどめんくらいのえらい激闘やったとか」

「繧ゅ≠繧翫∪縺吶′縲ク九@縺セ縺ゥ!」


 なんか急に女神モドキがドヤ顔で奇声を上げた。ちょっと、いまメルカト様と話してるので静かにしてください。


 それにしても、メガネチャンダイオーでも勝てるかわからない相手を倒してしまう人物がいるとは……さすが神も魔法もある世界だ。自分もいっぱしの強者になったと思ってたけど、調子に乗らないようにしよう。


 ともあれ、これはチャンスなのかな?


「わたくしは乗る価値のある話かと存じます。ここまで来て収穫が情報だけ、というのは少々面白くございませんし、今後隊商の行き来が再開するのなら、いち早く仕入れられた方が利も大きくなりましょう」


 なるほど、サルタナさんは乗り気か。念のためミリーちゃんにも相談してから結論を出すことにしよう。反対される可能性は低いと思うけれど。


 しかし、ちょっとしたお使いのつもりでドワーフ村を出てきたのが、振り返ってみればずいぶん遠くまで来てしまったものだ。

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