第七十三話 戦場でもっとも怖いのは死兵なのだよ

「決勝戦! ガンダリオン研究室対ボルデモン研究室、開始はじめェッ!」


 審判の試合開始の宣言とともに、わたしと爽やかイケメンが左右に跳んで戦車の前を開ける。


「装填問題ありません!」

「りょーかいっ! いきますよっ! 『魔弾・連鎖起動』!!」


 試合開始直後にリッテちゃん戦車の無数の銃口が光を放ち、数匹の雑魚ゴブリンを巻き込んで馬頭ゴブリンを1体、放送不可能な何かミンチに変える。よしよし、初手は上出来だ。


 わたしと爽やかイケメンが乱入したことで多少の悶着もんちゃくはあったが、なんだかんだで助太刀は認められ、前衛として敵の攻勢を受け止める役割を得ることになった。


 単純に勝つことだけを考えるのなら雑魚ゴブリンを無視してさっさと馬頭ゴブリンを仕留めてしまった方がよさそうだが……これはあくまで研究発表の場なのだ。あまりでしゃばりすぎるのはよくないだろうということであくまで防衛に徹する。


 考えてみるとこういう集団戦ははじめてなのだが、なんだか普段より視界が広く、物の輪郭がくっきり見えるような気がする。


 おっと、右を抜けようったってそうさせないぜ。戦鎚で足を引っ掛けて転ばせ、膝の後ろを打って一匹の雑魚ゴブリンを行動不能にさせる。


 サルタナさんは「目利きがしやすくなる」と表現していたが、なるほど、メルカト様の加護とはこういう効果なのか。


 そう、これはメルカト様の加護によるバフ強化なのだ。武術大会の帰り、ラーメン屋に寄った後にちゃっかり商いの神の神殿への入信を済ませてきたのである。メルカト様が言っていたとおり面倒な手続きはなく、名簿にサインして聖印をもらってはいおしまいのお手軽さだった。


 仮にも宗教としてそれでいいのか……と思わないところはなくもないが、別にわたしも本格的な洗礼だのなんだのを受けたいわけではない。ありがたく聖印をいただいてすぐに宿舎へと帰った次第である。


 おっと、今度は左を抜けようとしてきたな。ルーチンのように戦鎚で足を引っ掛け、膝裏に一撃加えて行動不能にする。転んだ拍子にフードが脱げたが、大型のニホンザルから毛をむしって、赤銅色のラッカーを塗ったようなてらてらした皮膚をしていた。率直に言ってキモい。


 なんかこの世界に来てからキモ生物とばかり戦ってるなあと嘆息をつきつつ、正面から襲ってきた2体の雑魚ゴブリンの小剣を戦鎚で払って牽制する。そういや、武器を持った魔物? と戦うのも今回がはじめてだ。


 わたしの方はだいぶ余裕があるので、爽やかイケメンの方をちら見してみる。相変わらず派手で無駄だらけの動きだが、「なんとかナックル!」とか「なんとかキック!」とか叫びながら雑魚ゴブリンを殴り倒している。


 なんだかわたしと違って雑魚ゴブリンがディフェンスを抜こうとせず、爽やかイケメンに向かって群がっているような気がするのだが……ゴブリンを誘引するフェロモンでも放ってるんだろうか。


 問題は大物の馬頭ゴブリンなのだが、砲塔を振る戦車を警戒して右へ左へ逃げるばかりで戦力として機能していない。演習場でのやり取りから多少の知能を感じさせたが、それが悪い方に働いているのだろう。要するに、戦車の威力にビビって前に出られない状態なのだ。


 こちらの前衛は二人しかいないので、なんにも考えずに突撃された方がよほど手を焼いたはずだ。半端に知恵がついたせいで最上の戦術をみすみす逃してしまったわけだ。ふふふ、戦場でもっとも怖いのは死兵なのだよ。命を惜しむ兵士など怖くない。


 今度は関係者席の方をちら見してみる。不利な戦況にイライラしているのか、ボルデモンが帽子を地面に叩きつけて踏みにじっている。ありゃー、けっこう高そうなお品でしたのに。短気は損気ですぞ。


「第二射! 装填完了しました!」

「よーし! 『魔弾・連鎖起動』!!」


 再び戦車の銃口が光を放ち、2体目の馬頭ゴブリンが原型を留めない無残な姿に変わる。まったく容赦がないなー。


 わたしなんか魔物的なやつとはいえ人型の生き物の命を奪うのに抵抗があって、行動不能になる程度の怪我を負わせておしまいにしてるのに。命のかかった状況ならともかく、「試合」でそこまでやるのは精神的に難しいのだ。


 とはいえ、このグロ光景を見てほとんど精神が揺れなくなってしまったわたしもわたしでやっぱりこの世界に適応しちゃっているんだろう。


 日本でもホラー映画はけっこう見ていたが、ガッチガチのゴア系は避けていたもんな。いまならそういう作品も「ふーん」とごはんを食べながら見れちゃいそうだ。


 そんなことを考えながらも戦鎚を振るっていると、気がつけば残っているのは馬頭ゴブリンが一体と雑魚ゴブリンが数匹だ。リッテちゃん戦車の次の装填が終わるまで適当にあしらっていれば勝ち確だろう。


 爽やかイケメンの方は倒れた雑魚ゴブリンに囲まれた状態で「だっしゃー!!」とか両拳を突き上げている。うーむ、いちいち暑苦しい。


「おのれおのれおのれおのれッ! こんなことがあってたまるか! おい、馬頭ゴブリンよ、これを飲めッ!!」


 逆上したボルデモンがいつの間にか闘技場と観客席を分ける柵のところまで降りてきていた。片手で隠せるほどの大きさの透明な小瓶を馬頭ゴブリンに向かって投げつける。中にはなにやら赤黒い液体が入っているようだ。


 それを口でキャッチした馬頭ゴブリンがばりばりと小瓶を噛み砕き、飲みくだす。うわー、あんなことしたら口の中ズタズタでしょ。昔、動画で見たガラスを食べる大道芸を思い出して背筋がぞわっとする。


 ――そして、生臭いような、焦げ臭いような、独特の異臭が鼻を突いた。

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