第七十二話 すっかり盗聴が趣味になりましたね
2回戦、3回戦とリッテちゃん・ミリーちゃんペアは順調に勝ち進んでいった。流れ弾が観客席に被害を出すんじゃないかと心配だったが、なにやら魔法的な結界が張られているようで、逸れた弾は透明な障壁に防がれていた。うーむ、なかなか正しいファンタジー感がある。
関係者席を見ると、顔を両手で覆っておいおいと泣いている人が2名追加されている。なんだか非常に心が痛む光景だ。ガンダリオン研究室の勝利を祝いたい気持ちに嘘偽りはないのだが、あの惨状を見てしまうとなあ……。
選考会は武術大会と同じく16の研究室によるトーナメント形式だ。武術大会のようなバトルロワイヤル式の予選はなく、学院に設けられた審査会によって事前に出場者が決められるとのこと。
魔具研究部門と生体研究部門の力関係を表しているのか、出場する研究室はほぼそれらで占められた。神力研究だとか超術応用だとかいう部門からの出場者もわずかにいたが、あえなく緒戦で沈んでいった。
リッテちゃんたちの2回戦、3回戦の対戦相手はどちらも生体研究部門だった。極めて好意的な表現をすると、非常にユニークかつ
あんな
まあ、あんな風に地面に潜ったり飛び出したりする相手にまともに攻撃を当てられるかは不明であるが。
一見、敵なしのガンダリオン研究室だが、じつは明確な弱点が存在している。それは、銃砲については斉射しか出来ず、主砲に至っては1発しか撃てないという点だ。
なんでも、連鎖的に発生させた魔弾の圧力を全銃砲にくまなく発生させるシステムになっているそうで、一発ずつ狙いを定めて撃つ、ということができないらしい。
主砲については威力重視で調整が間に合っておらず、1発撃つと砲身が壊れてしまう。どちらの弱点もいずれは改良したいということだが、ミリーちゃんが研究に参加してからの数日では間に合わなかったのだ。そのため、主砲はこれまで一度も使用されずに切り札として温存されている状態である。
まあ、そもそも数日でこんな魔改造を施してしまったことが驚愕なのだけれど。
決勝の相手は因縁のボルデモン研究室だ。あの日、演習場に連れてきていた馬頭ゴブリンを使って危なげなく勝利を重ねている。あのケンタウロスの頭を馬に変えたようなやつだ。
直後のミリーちゃんによる「私なにかしちゃいました?」事件によって印象が薄れてしまっているが、あの怪物もなかなか強い。
個人的な強さランキングの中に置くなら、ドワーフ村に現れた瘴気領域の主よりもいくらか劣る……といったところだろうか。まあその下は岩ゴブリン、地潜りゴブリン、草ゴブリンと続くので世間一般的な評価においてどうなるのかはわからんけれど。
ちなみに、リッテちゃん戦車に搭載されたスピーカー機能は結局オフにできなかった。急造で追加した機能なので無効にしようとすると丸ごと取り外すしかないそうだ。
「決勝戦! ガンダリオン研究室対ボルデモン研究室、入場ッ!」
審判の声とともにキュルキュルとリッテちゃん戦車が入場してくる。まあ、あの馬頭ゴブリン相手では結果は見るまでもないだろう。
反対の門から馬頭ゴブリンが入場してくる。これまでの戦いぶりを見るに、この戦車さえいなければ優勝もあっただろうに。あのボルデモンというおっさんはいまひとつ気に食わないが、少々の同情心はおぼえる。
……って、あれ? なんでぞろぞろ入って来てんの?
ボルデモン側の門からは入ってきたのは馬頭ゴブリンが3体に、成人男性くらいの大きさのフードを被った何かが二十体前後だった。予想もしない事態に観客席がざわついている。
「ふはははははは! 別に出場させる成果物がひとつでなければならないという規定はない! そもそも、馬頭ゴブリンはこの牙あり牙なしゴブリンの歩兵を
観客の反応などどこ吹く風と、関係者席でボルデモンが高笑いをしている。
うっわー、汚いな。これまでの試合で複数の成果物を出してくる研究室はなかったから、一対一というのがこの選考会の暗黙のルールだったのだろう。明文化されていないのをいいことに、ルールの穴を突いてきたようだ。
つか、牙あり牙なしゴブリンってなんだ。トゲアリトゲナシトゲトゲ的なややこしい生き物なのか?
困惑した審判が貴賓席へ指示を仰ぎに行ったようだ。軍服を着た、いかにも偉そうな人たちと何か話している。おい、セーラー服君よ、どんなことを話してるか中継したまえ。
「了解です、ご主人。すっかり盗聴が趣味になりましたね」
いやそういうツッコミはいまはやめようやって。セーラー服君の嫌味は無視して、中継してくれる音声に集中する。
「複数の成果物を一度に出すのは過去に例がありませんで……」
「この程度のことも想定していなかったのか?」
「はい。あくまでこれは試合ではなく、研究成果の公開というのが本来の目的ですし……」
「ふむ、まあ仕方あるまい。実戦形式を
「わかりました。では試合を継続します」
うっわー、このままじゃつまらないからって、そんな理由で認めちゃうのかよ。王国軍のお偉いさんとやらもいいかげんだな。
リッテちゃん戦車は初手の一撃に全振りしたピーキーな仕様だ。開幕と同時に数匹は吹っ飛ばせるだろうけれど、その後に散らばらって襲いかかられてはどうにもならない。次弾の装填を終える間もなく解体されてしまうだろう。
「えー、審議の結果。ボルデモン研究室の主張が認められました。これより試合を開始します」
審判がこうアナウンスすると観客席から一斉にブーイングが上がる。そりゃそうだ。これまでの試合結果を見てガンダリオン研究室に賭けているものが多い。こんな前提をひっくり返すような真似をして納得がいくものはいないだろう。当然、わたしも納得がいかない。
「ふん、まったく平民どもがやかましいな」
「しょせんは
「まったくだな。ハッハッハッ!」
貴賓席では軍服ズがこんなことを言いながら笑い合っている。くっそ、腹立つな。実戦形式っていうならあの戦車だって単体で運用するようなことはないだろう。地球の戦車だって随伴歩兵は必須だったのだ。
……ん、待てよ? 実戦に沿う形ならかまわないんだよな?
ボルデモン研究室が繰り出してきた戦力を改めて観察してみる。馬頭ゴブリンが3体に、手に手に武器を持った人間大のゴブリンらしきものが十数体。こんなものならわたし一人でもなんとかなりそうな気がする。なんなら、セーラー鎧モードを解禁すれば一方的に蹂躙できるんじゃないだろうか。
そして手元の賭け札をじっと見る。最高額のもので、三食付きのそこそこの宿に十連泊できるくらいは払って買っている。武術大会の優勝賞金で潤っているとはいえ、大金であることは違いない。これがみすみす無かったことになってしまうのは承服しかねる。
ふむ、と頷いてから、観客席を駆け下り、闘技場とを隔てる柵を乗り越え、リッテちゃん戦車の前に立つ。
「実戦形式がいいっていうんならこっちはわたしが前衛に立つ! 文句はないわよね!」
「みさきさん!」
「高町殿!」
ミリーちゃんとリッテちゃんが戦車の中から驚きの声を上げる。観客席も「おい、あれ誰だ?」「双槌鬼だよ、おまえ武術大会見てないのか?」「双槌鬼だ……双槌鬼……おそろしい」とざわついている。おい、その二つ名を定着させたの誰だ。
「みさきッ! オレも助太刀するぜッ!」
そして暑苦しい声と共にひとりの人影が観客席からくるくると回転しながら飛び降りてくる。この声は聞き覚えあるなあ。あまり積極的に近寄りたくない熱血体育会系青年の声だ。
「遠慮すんなよ!
そう、新たな闖入者は武術大会で優勝を争った爽やかイケメンこと、ヒロトだった。つか、セイギネス様って誰よ。それから下の名前を呼び捨てにされるほど気安い関係になったおぼえはないぞ。
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