第七十一話 傷に塩を塗り込む行為になりかねない

「一回戦第一試合! ガンダリオン研究室対フェルゴマルチェ研究室、入場ッ!」


 うーん、どうも既視感がある展開だな。闘技場も武術大会のときと一緒だし。そう、今日は学院の選考会の日である。実戦における強さを見る、という名目で模擬戦形式となっているのだ。互いに自分の研究室の自慢の成果を持ち出してぶつけ合うとのこと。


 そんな機関銃とミサイルを競わせるようなことにあまり意味はないような気がするのだが……まあ、大会の成績そのものは選考結果に影響はないということになっているらしい。それにこれにもメルカト様の神殿が絡んでいるそうで、やはり賭けの対象にもなっている。


 ま、視察に来ているお偉いさんの目を楽しませつつ、興行として一稼ぎしようということなのだろう。


 東の門からは我らがガンダリオン研究室が入場してくるはずなのだが、姿を現したのは実体火力……なんとかとは似ても似つかない鉄の塊だった。


 まず、人型をしていない。角張った本体の上に砲塔があり、そこから太く長い砲身が1本伸びている。その周辺にはハリネズミのように細い銃身が無数に設置され、足回りはキャタピラになっていた。


 開発中に多少見学はさせてもらっていたのだが完成形がこうなるとは……。全体的なフォルムは地球における戦車そっくりで、主砲以外の武器が多いのでより凶悪な雰囲気を醸し出している。


 ほとんどのアイデアはわたしとの雑談で地球の兵器を知ったミリーちゃんによるものだ。うーん、そういう現代知識無双って異世界転移者わたしがやるものじゃないのかな?


 西門からは対戦相手のフェルゴマルチェ研究室の成果物が入場してくる。こちらも見た目の印象は巨大な鉄塊だ。ガンダリオン研究室と大きく異なるのは人型であること。ただ、非常に脚部が太く短く、なんというかデフォルメしたロボットのプラモデルをそのまま巨大化させたような姿だ。


 おそらく、大型化に伴って増えた重量を支えるためにはこうせざるを得なかったのだろう。キャリキャリと軽快に進むリッテちゃんの戦車に対し、短足ロボットの方はずしーんずしーんといかにも鈍重だ。魔具研究部門が生体研究部門に押されがちだと聞いたが、機動性の部分でも問題ありと見られていたのかも知れない。


 若干冷めたわたしの感想とは裏腹に、観客席の反応は上々だ。「おおー、でけえ」「かっけえ」「強そう」みたいな声が聞こえてくる。まあ、ロボットはロマンだもんね。しかたないね。


「では試合開始はじめッ!」


 試合開始の合図とともに関係者席から開発者らしき女性が指示を飛ばす。


「ガンダリオン師もまた変わったものを持ち出してきたわね。でも、この重装甲を破れる武器などないわ! 進め! 重厚なる鉄の城号よ!」


 どうやら短足ロボの方は遠隔操作のようだ。女性の指示と共に動きはじめる。たしかに、あんな鉄塊はわたしの槌でも壊すのには一苦労しそうだ。なにしろ遅いから、仮に戦ったとしても負ける気はしないけれど。


「リッテさん、装填問題ありません!」

「了解です! では発射しますよぉ……『魔弾・連鎖起動』!!」


 一方の戦車はミリーちゃんとリッテちゃんの二人乗りになっている。地霊術が使えるリッテちゃんが装填手となって弾丸の装填と微調整を行い、リッテちゃんが機体の操縦と照準、発射の三役を担う体制だ。


 ちなみに、前装式だった装填は後装式にグレードアップしており、車内で装填が済むようになっている。ミリーちゃんよ、どれだけ技術進化を進めるつもりなんだ……。


 リッテちゃんの掛け声と同時に無数の銃口が輝くと、ドドドドドとまるでトタン屋根に集中豪雨を浴びせたような重低音が響き渡る。短足ロボが見る見る穴だらけになり、そして変形していった。


 弾丸の雨が降り注いだ時間は短かったが、効果はてきめんだった。そこにはもう原型を留めていない鉄くずが転がっているだけだったのだ。南無。


「いくらなんでも……こんなのって……」


 短足ロボに指示を出していた女性が両手で口を覆って泣きそうな顔になっている。そうですよね……全霊をかけて開発してきたものがこんな一方的に瞬殺されてしまっては泣きたくなる気持ちもわかる。ミリーちゃんよ、彼女にも現代知識チートを分けてあげたらどうだい?


「ちょっと……やりすぎちゃいましたかね……」

「なんのなんの! 学問の発展は失敗の積み重ねの歴史! ボクだって去年はフェルゴマルチェ研究室にさんざんにやられたんですからおあいこです!」


 戦車にはスピーカー的なものが設置されており、中の声が外に聞こえるようになっている。戦場での連携を考えるとこうした機能が必要だという判断だそうなのだが、いまはそれ、切っておいた方がいいんじゃないかな。


 ミリーちゃんは若干罪悪感をおぼえているようだが、それはそれで相手の傷に塩を塗り込む行為になりかねない。要するに、「手加減もできた」と言っているようなものだからだ。


 まあ、この手の勝負ごととは無縁のドワーフ村で過ごしていたのだからそのへんの機微きびを理解しろという方が無理筋だろう。とりあえず、次の試合までにスピーカーをオフにするよう進言しに行こう。


 ちなみに、サルタナさんは賭け札だけ買って観戦はしていない。「結果がわかりきっているものを見ても面白みがございませんわ」とのことで、地元の商会を回って商売のネタを探しているそうだ。武術大会でもわたしに賭けてかなりの儲けを得たらしい。さすが商人、利益を上げる機会を見逃すつもりはないようだ。


 ま、そんなことを言いつつわたしも選考会の賭け札は勝ってるんだけど。出場者は賭けに参加できなかったので武術大会ではみすみす儲け口を見逃してしまったが、今回は稼ぐぞー!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る