第六十七話 恐怖と緊張が動きを鈍らせるのだ

「第1試合! 不戦勝により高町みさきの勝利!」


 審判による勝敗判定が高らかに叫ばれると、観客席からは一斉にブーイングが巻き起こる。いやー、まーそっすよね。楽しみにしてた本戦第一試合が不戦勝とか、盛り上がらないことこの上ない。


 ローマのコロッセオのような闘技場から観客席を見渡してみると、ごくわずかながら紙切れを握りしめて喜んでいる人もいる。これはあれだ、わたしの勝利に賭けた少数派だな。この武術大会は入場料を取る上に、さらに賭けの対象にすることによっても追加の収入を得ているのだそうだ。


 ちなみに、一回戦の相手はあのモヒカン頭だった。「急な腹痛で棄権する、決して怖気おじけづいたとか、手首が痛いとか、手首が痛いとか、あと手首が痛いとかそういう理由じゃないから勘違いするんじゃねえぞ!」と散々念押ししてから姿を消したらしい。なんというか……まあ、そういう芸風の人だったんだと理解しておこう。記憶する必要性は感じないけど。


 わたしが退場した後も、つつがなく試合は続いていく。武器ありの試合だから地球の格闘技のように長期戦にもつれ込むことはない。審判が致命傷が入ったと判断すればその時点で決着するのだ。


 武器はすべて模造品であり、剣ならば木剣、わたしの槌なら木槌である。なんだか建材のほぞを噛み合わせる大工さんになった気分だ。普段金属製の槌を振るっている身からするとその軽さが頼りないが、そのぶん振りは速くなっている。まともに急所に当たれば、これでも大怪我はまぬがれないだろう。


 そんなこんなで第一回戦は無事終了し、反対ブロックでは予想通りにキモマッチョと爽やかイケメンが勝ち上がっている。さて、次はわたしの第二試合だ。


「二回戦第一試合! 高町みさき対”小剣使いの軽業師”パイルデート、開始はじめッ!」


 第二試合の相手は軽装の戦士だった。右手に二の腕くらいの長さのショートソードを模した木剣を持ち、左手に鍋蓋を一回り大きくしたような盾を構えている。うーむ、絵に描いたような剣闘士グラディエーターってタイプだな。


 対する私は両手に木槌を一本ずつ持ってブンブンと振り回している。イメージとしてはブルース・リーのヌンチャクアクションだ。あんなに器用にはいかないが、常人なら両手で振り回すのがやっとの木槌を片手でぐるんぐるんぶん回しているのは脅威だろう。こんなもんでぶん殴られたらタダでは済まない。


 案の定、軽装戦士さんは冷や汗を垂らしながら間合いを測っている。いいぞいいぞ、ビビれビビれ。その恐怖と緊張が動きを鈍らせるのだ。頃合いを見計らって、二本の槌を肩に担いで一気に距離を詰める。不意を突かれた軽装戦士さんは剣と盾を頭上に掲げて防御姿勢に入った。


 ――計画通り。


 ブロックごと叩き潰すべく、二本の槌を力いっぱい振り下ろす……と見せかけて、軽装戦士さんのみぞおち目掛けて思いっ切り前蹴りを繰り出す。おわ……めきゃって。すんごい嫌な感触したわ。あ、当たったのみぞおちじゃなくてもっと低いところだ。


 どうやら、軽装戦士さんの軽装戦士さんにクリティカルヒットしたらしい。マジですまん。でもわざとじゃないから許してくれ。日本の格闘技でもしばしば起こる事故だったし。悲しい……事件だったね……。


 地面に這いつくばって悶え苦しむ軽装戦士さんを見て、審判が即座に試合終了を宣言する。通路から担架たんかが運ばれてきて、大急ぎで搬送されていった。表情は一瞬しか見えなかったが、なんか泡を吹いていた気がする。人間ってリアルに泡を吹くんだね。さすがに罪悪感で胸が痛む。いや、繰り返すけど、ホントに狙ってなかったからね?


 狙っていたのは、控室の演舞から執拗しつように上段の攻撃ばかり見せて、相手の警戒を頭部に集中させることだった。上段の槌を警戒させておいて中段の蹴りで攻撃するという作戦だったのである。この型は、ドワーフ村でローガンさんと一緒に考えたものだ。


 悲しい事件のせいで観客席も一気に冷えてしまったのか、内股になって青い顔をしている観客ばかりになってしまった。いやー、ちょっとさ、お客さんまで引くことはないじゃないの。ほらほら、せっかくのイベントなんだからさ、盛り上がっていこうぜ!? いぇぇぇええええい!


「鬼だ……鬼がいる」

「容赦がねえ……人の心がねえ……」

「双槌の鬼……双槌鬼そうついき、あいつは双槌鬼そうついきだ……」


 あれ……盛り上げようとしたらなんか逆にもっと引かれてるんですけど……。まあ、いいや。次行こう、次。


 とんだ事故はあったものの、第二回戦もつつがなく進み、これまた予想通りにキモマッチョと爽やかイケメンが勝ち残っている。両者ともに技というより圧倒的身体能力で勝っているかんじだ。


 どちらもそれなりに攻撃を受けており、あちこちに怪我をしている。いいぞ、もっと消耗しろ。次の試合は君らの削り合いだ。


「準決勝第一試合! 高町みさき対”黒鉄くろがねとりでの”アイガンテ、開始はじめッ!」


 なんか妙にカッコいい二つ名の対戦相手は全身を金属鎧で固め、全身を隠せるほどに巨大な盾を持った重装の戦士だった。頭部まできっちりと頑丈そうな兜で覆っており、表情は見えない。息苦しくはないんだろうか。視界も狭そうだし。


 鎧が重いのだろう、動きはかなり鈍い。しかし、その防御力は本物なのか、これまでの試合では何回も攻撃を受けているにも関わらず有効判定は受けていなかった。防御特化型のタンクスタイルってわけか。


 まあ、それならそれでやりようはある。スピードの差を活かして死角に入ると、膝裏を木槌で殴りつける。普通の打撃や逆関節に対する対策はされているだろうが、順関節までガチガチにするわけにはいかない。狙い通り、重装戦士さんが膝を折り曲げて転ぶ。


 そこへすかさず背中を踏みつけ、兜の後頭部をコンコンと木槌でノックし、審判の方を見る。これ、本気で殴ったらどうなるかわかるよね? というアピールだ。こういう審判ありの試合では、アピールだって勝敗の鍵になるので侮ってはいけない。


 思惑通り、審判がわたしの勝利を宣言する。いぇーい、これで3連勝。あと1試合勝てば優勝だぜ。


「あの黒鉄の砦を子ども扱い……だと……?」

「なんと屈辱的な降伏勧告……容赦がなさすぎる」

「……双槌鬼そうついき、あいつは双槌鬼そうついきだ……」


 一方的な塩試合が続いたせいか観客の反応が微妙だ。まあ、別にわたしは仕官目的とかじゃないし。評判とかは別にいいもんねー。


 闘技場の端に引っ込み、観戦モードに気持ちを切り替える。次の試合の勝者が決勝戦の相手となる。どんな技を使うのかよーく観察せねば。そしてなるべく泥仕合になって消耗してくれることを祈る。


「準決勝第一試合! ドルザック対ヒロト、開始はじめッ!」


 審判の掛け声とともに、キモマッチョと爽やかイケメンの戦いがはじまった。

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