第六十八話 爆炎豪拳(ヴォルカニックナックル)

 ドルザック……つまりキモマッチョの方は、半裸に最低限の防具だけを身に着けた「ザ・蛮族」というかんじのスタイルで、大剣を携えている。


 闘技場に出るときにすれ違ったのでつぶやいている内容が少し聞こえたのだが、「ボルデモン様に栄誉を……霊薬……うひっ、霊薬……」とか言っていた。完全に危ないおクスリにハマっちゃってる感じである。ボルデモンって確か学院で絡んできた嫌味黒ひげだったっけ?


 観客席に視線を向けてみると、貴賓きひん席らしきところにボルデモンがいた。金糸銀糸で飾ったローブを着ているのでよく目立つ。やたらに幅広な三角帽をかぶっているので隣の人の顔につばが当たりそうになって迷惑がられているが、本人はまるで気づいてないようだ。


 うーん、いるよな、こういうやつ。映画館とかで周りの迷惑を気にせずスマホをいじっちゃったりするタイプだ。


 察するに、このキモマッチョはボルデモンの肝いりの選手なのだろう。なんか妙な薬を与えてドーピングでもしているに違いない。うーむ、マジでマッドサイエンティスト感が半端ないな。


 次にヒロトと名乗った爽やかイケメンの方だが、肘まで覆う金属製の手甲と、膝下をそっくり覆う脚甲、それに胸甲というスタイルだ。頭部は鉢金のようなものを巻いており、なんというか、星座の名前が冠された聖戦士的な雰囲気である。


 そして驚くべきことに、武器は何も持っていない。殴る蹴るだけでこの武術大会を勝ち上がってきたのだ。それも投げ技も関節技もなく打撃のみ。それだけ見れば純粋な打撃屋ストライカーと思えなくもないのだが……いかんせん技術が拙い。戦い方もボクシングでもなければ空手でもなく、素人目に見ても無駄だらけなのだ。


「よっしゃァァァーーー! いくぜェェェーーー! 炎槍蹴撃グングニールキック!!」


 開幕からつっかけたのは爽やかイケメンの方だった。思い切り助走をつけての飛び蹴りである。キモマッチョの方もまるで技術を感じないとはいえ、さすがにこんな攻撃は当たらない。しっかり避けて大剣を振るい反撃する。


「ちっ! いまのをかわすとはやるじゃねぇかッ!」


 反撃をバック宙で避けた爽やかイケメンが親指で鼻をこすりながら言う。うーん、いまのは普通にバックステップでかわしていれば、大剣を振った後の隙を突けたと思うのだけれど。爽やかイケメンの戦い方は一事が万事こんな調子で、とにかく不自然なのだ。


 キモマッチョの方は爽やかイケメンの無駄ゼリフに反応することもなく、大剣をぶんぶんと振り回して追撃してくる。すべて大ぶりで型も刃筋もあったもんじゃない。子どもが棒を振り回しているようなものだ。


 しかし、圧倒的な膂力りょりょくとリーチでここまで勝ち上がってきている。フィジカルの強さは多少の技術差を簡単に覆してしまうものなのだ。柔よく剛を制すとはいうが、実際にそんなことはめったに起きない。現実とは非情なのである。


 とはいえフィジカル面では爽やかイケメンも負けていない。唸りを上げて襲いかかってくる大剣を軽やかにかわしていく。相変わらず動きは大げさで無駄だらけだが……。身体能力を比較するなら、パワーのキモマッチョ、スピードの爽やかイケメンといったところだろうか。見たまんまだな。


 爽やかイケメンは大剣の嵐の隙間を縫って時折反撃を試みているが、例によって動きが大げさなのでなんなく避けられたり受けられたりしてしまっている。なんちゅうか、すんごいショーっぽさを感じるな。実は八百長だったりするんじゃないだろうか。あの爽やかイケメンの高純度な体育系っぽさからは、そういう狡猾なことができるほど器用には感じなかったけれど。


 若干しらけ気味のわたしとは対照的に観客席は大盛り上がりだ。爽やかイケメンが攻撃を避けたり、反撃するたびに「きゃあっ!」とか「いけっ!」とか、そんな歓声が上がっている。うーん、わたしの試合とは大違いすぎてなんか納得いかない気持ちになってくる。くそう、素人はこれだからいかんのだ。目先の派手さに気を取られていると格闘観戦の妙味は感じられんぞ。


「くっ! これじゃラチが開かないな。仕方ねェッ! オレの奥の手を見せてやるぜッ!」


 一進一退の攻防に焦れたのか、爽やかイケメンが雄叫びを上げる。いやー、奥の手を出すんなら黙って出したほうがいいんじゃ……。警戒されて防がれてしまったら元も子もないぞ。


 しかし、観客席の反応はやっぱり真逆で、「奥の手ってなんだ?」「きっとすげえ必殺技に違いないぞ!」「ヒロト様、がんばって!」みたいに固唾かたずを飲んでいる。まったくこれだから素人は(略


 爽やかイケメンがバック宙を繰り返して距離を取る。そして左手をキモマッチョに向けて突き出し、右拳を脇に構えた。


「いくぜッ! 必殺のォォォオオオ! 爆炎豪拳ヴォルカニックナックル!!」


 ハゲマッチョに向かって全速力で突進し、右拳を叩きつける。しかし、その一撃は大剣の腹であっさり受け止められた。ま、そりゃそうですわな。


「まだまだ終わらねえぜ! 爆炎豪拳ヴォルカニックナックル連撃ラッシュ


 爽やかイケメンが今度は左右の拳で猛烈な連打を撃ちはじめる。うぉぉ、これはすごいな。ぜんぶ大ぶりのパンチなのに回転が速い。いかにも身体能力任せというかんじではあるが、これに捕まったら抜け出すのは一苦労しそうだ。


 案の定、ハゲマッチョの方は大剣で受けるのが精一杯で何もできなくなってしまった。削岩機を連想させる連打の前に木製の大剣が徐々に削れ、そして砕け散る。防ぐ手段を失ったハゲマッチョはもう為すすべもなく全身を拳の雨に晒すだけだった。


「これでッ! トドメだッ!」


 爽やかイケメンの左アッパーがガードの隙間を抜けてハゲマッチョの顎を撃ち抜く。ハゲマッチョはふらふらと数歩後退すると、ぐるんと白目を剥いてダウンした。


「勝負ありッ! 勝者、ヒロト!!」


 審判の判定が告げられると観客席は大歓声に包まれた。うーん、マジでわたしのときは反応が違いすぎる。どうしてこうなった。もやもやが止まらないぞ。


 貴賓席を見ると、肝いりの選手が敗れて悔しいのかボルデモンが何やら悪態をつきながら席を立っている。プギャー! ってやつだな。どんな負け惜しみを言ってるんだろう。おい、セーラー服君、何を言ってるのか音は拾えるかね? 口直しに教えてくれたまえ。


「『使えんクズめ。薬の量が足りなかったか』などと言っていますね。ところでご主人、小生はこうした盗み聞きは人間として品性に欠ける行為だと理解していたのですが、認識をアップデートするべきでしょうか?」


 あーもう、うっさいな。どうせわたしは狭量で器のちっさい小市民ですよ。

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