第六十一話 あれ、私なにかしちゃいました?

 金属塊を身にまとったリッテちゃんの姿は、なんというか完全にパワードスーツを着たSFサイエンスフィクション的兵士である。頭だけは生身が露出しているが、それ以外は全身がゴツゴツした無骨な鉄板で覆われている。つや消しのブラック色でいかにも「兵器」ってかんじだ。


「さあ、見ていてください。これが我らがガンダリオン研究室の誇る最新鋭の魔印兵器です!」


 そう言うと、ごつい右腕をうぃぃぃーんと標的の方へ向ける。改めて見るとその腕には金属製の角柱のようなものがついていて、先端には穴が空いているようだった。ありゃー、これってもしかして?


「『魔弾・多重起動』!!」


 リッテちゃんの叫びと共に角柱の先端が輝く。ほとんど同時にゴガン! という音が鳴り響き、金属製の標的に大きな凹みができていた。やっぱり、これは魔法を発射する銃的なもののようだ。いいね、こういうのは心がときめくよね。


「魔印から生じる複数の『魔弾』によって鉄球を加速し、発射しているんです。オーガだって一撃で倒せる威力がありますよ」


 たしかに、先ほどガンダリオン先生が見せてくれた『魔弾』とは威力が桁違いのようだ。


「まだまだ動きがぎこちないところがありますが、油圧をヌルゴブリンの原液に変えればもっと滑らかに動くはずです!」


 なるほど、それで交易都市までヌルゴブリンの原液なんてけったいな代物を仕入れに来ていたのか。


「一度だけでは見逃したかもしれませんしね。もう一発試射してみましょう」


 うーん、たぶん誰も見逃してはないんだけどな。でもまあ、銃の試射動画とかは見るだけでなんとなくテンションが上がるから喜んで拝見しよう。できれば、標的を粘土やスイカに変えるとかそういうバリエーションがほしいところだけど。


 リッテちゃんが銃の先端から鉄球を詰め込んでいるのをミリーちゃんが興味深げに観察している。一方で、サルタナさんはそれほど興味がなさそうだ。こんな強力な武器、もし商品化されれば売れそうだけど、なんでだろ。


 わたしの不思議そうな顔に気がついたのか、サルタナさんが小声で教えてくれる。


「当商会の商圏に近い大型の魔物は、緑の魔王が正気だったころに狩り尽くされてございまして。これほど強力な魔具を欲する方はほとんどいないかと」


 なるほど、そういうことか。たしかに草ゴブリン相手には過剰な威力だし、地潜りゴブリンを相手にするにしても飛び道具は相性が悪い。製品のスペックだけを見て飛びつかず、きちんと需要を見据えるとはさすがはサルタナさんである。


「『魔弾・多重起動』!!」


 再び閃光と重たい金属音が鳴り響く。あっ、やべ、サルタナさんとの話に気を取られて2発目を見逃してしまった。


「あの、ちょっとそれ、詳しく見てもいいですか?」

「もちろんかまいません! 師匠とボクの最高傑作をじっくり堪能してください!」


 わたしやサルタナさんとは違ってミリーちゃんは興味津々に見ていたようだ。いまもリッテちゃんに近づいて、銃口の中を覗き込んだり、弾丸を手にとって重さを確かめるような動作をしている。やはりドワーフだけあって、ものづくりが関わると血が騒ぐようだ。


「ふん、ガンダリオンよ。まだそんなくだらんものに血道ちみちを上げているのか」

「なんじゃ、ボルデモンか。くだらんと思うならわざわざ見に来んでかまわんぞ」


 横から知らない声がしたので見てみると、黒い口ひげを生やした陰気そうな男が立っていた。年齢は五十代くらい? 服装は黒いローブでガンダリオン先生やリッテちゃんと変わらないのだが、ところどころに金銀の刺繍ししゅうが縫い込まれていてなんというか成金感がある。急に話しかけてきて、一体何者なんだろう?


「別にわざわざ貴様のガラクタを見に来たわけではない。こいつに運動をさせに来ただけだ。来い! 馬頭ばとうゴブリンよ!」


 ボルデモンなるおっさんがそう呼びかけると、通路の方からのっそりと大男がやってきた。頭からフードを被っているが、大きすぎて下半身が隠れていない。そしてその下半身が明らかに異様な形をしていた。


「下半身が……馬?」

「そんなことは阿呆でも見ればわかるだろう。おい、外套を脱げ」


 思わずつぶやいたわたしにボルデモンとやらが応じる。なんか感じ悪いなー、このおっさん。


 命令に従った馬人間がフードを脱ぐと……そこから現れたのは筋骨隆々の人間の上半身に、馬の頭を載せたような姿だった。いや、ネーミングの時点で想像ついたけどさ。


 この馬頭ゴブリンなるものの外見をまとめると、要するにファンタジーでおなじみのケンタウロスの頭を馬にすげ替えたようなものだ。ケンタウロスと言うとカッコいい魔物、あるいは亜人種というイメージがあったが、頭部を馬にするだけでこんなに間抜けな印象になるとは……。日本で馬のかぶりものをした動画配信者なんかを見すぎたせいだろうか。


「これ一体でオークだろうがオーガだろうがいくらでもなぎ倒せるわ。それ、運動の時間だ」


 ボルデモンの声に反応した馬頭ゴブリンが猛然と駆け出す。そして標的のひとつを思い切り前足で蹴りつけた。魔弾や魔法銃を受けても壊れなかった標的が、あっさりと根元から折れる。ふむー、偉そうにするだけあってなかなかの威力だ。


「これで次回の選考会で誰が選ばれるかわかったろう? 恥をかく前に棄権きけんすることを勧めてやるぞ」

「馬鹿なことを。選考会は自己顕示欲じこけんじよくを満たすための場ではないぞ」


 ボルデモンがドヤ顔で何やら煽ってくるのに対し、ガンダリオン先生が不快そうに顔をしかめる。視線がぶつかり合って火花を散らしそうだ。ガンダリオン先生はすごく温厚そうだったけど、自分の研究を馬鹿にされるのは許せないタイプなのだろう。


 それにしてもこの二人、ライバルにしては年齢が離れすぎてる気がするが、このボルデモンとかいうのが一方的に因縁を付けてくる関係なんだろうか。


 ――ズガァァァァアアアアアン!!


 と、にらみ合いの緊張感を引き裂くように突如轟音が鳴り響く。なんじゃなんじゃと思って音がしたほうを見ると、ふたつに引き裂かれた標的が壁際の土嚢までふっ飛ばされていた。土嚢にも黒い穴が空いてぷすぷすと黒煙を上げている。一体何があった?


「すごい! すごいですよミリーさん! そんな工夫で威力を上げるなんてボクには考えつきませんでした!」

「そんな、大したことじゃないですよ。前にみさきさんから銃って武器の話を聞いたことがあったから試してみようかなって」


 なんじゃなんじゃ、さっきの音はリッテちゃんの魔法銃が原因だったのか。同じものとは思えないくらい威力が上がってるけど、何をしたんだろうか。


銃腔じゅうこうとの間に隙間ができないように、地霊様のお力で弾丸の形を変えただけですよ。ただの球じゃなくて先が尖るようにもしましたけど……」

「いや、その発想がすごいんです! ずっと魔印の出力を上げることだけに必死だったから、弾丸の方を改良するなんて思いもよりませんでした!」


 大興奮するリッテちゃんに、ミリーちゃんが照れ笑いを浮かべている。


 一方でボルデモンはというと、口をあんぐりと開けて魔法銃の破壊痕を見ていた。


「ふんっ、そんなのたまたまだ! 再現性のないものは使い物に……」


 ――ズガァァァァアアアアアン!!


 またしても轟音とともに別の標的がちぎれ飛ぶ。心なしか、さっきより威力が高まってる気がするぞ。


「うーん、もうちょっと細かいところまで詰めればもっと威力が上げられそうな気がします」

「本当ですか? ぜひ試してみてください!」

「鍛冶場のようなところが借りられればできると思いますけど……」

「もちろんお貸しできます! 当然、ボクも手伝いますし、報酬もお支払いしますよ!」


 ボルデモンドの嫌味はまったく聞こえていなかったようで、ミリーちゃんとリッテちゃんがはしゃいでいる。なんというか、日本の公共放送でやってたロボットのコンテストのワンシーンみたいだな。リケジョ女子高生チームが力を合わせて難題に挑む! 的な。


「くっ……つまらん。おい! 戻るぞ!」


 ボルデモンドが悔しげに口を歪めながら、馬頭ゴブリンを連れて演習場を去っていった。ふーむ、別に個人的な恨みは何もない相手だけど、ちょっとスカッとする。


 話が一区切りついたのか、ミリーちゃんが戻ってくる。後に残されていた微妙な空気を感じたのか、不思議そうに首を傾げた。


「あれ、私なにかしちゃいました?」


 おおーい、そのセリフは普通、異世界転移者わたしが言うものなんじゃないんかい?

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