第六十話 実体火力投射機甲・試作弐号

 目の前にあるチョコケーキだが、正直、その存在自体への衝撃はもうかなり少ない。「超術」というのがあの女神モドキ由来のチートであることは当たりがついてきているし、その力を使う甘味の魔女という人物もおそらく地球から転移してきた人間なのだろう。


 地球でパティシエでもやっていた人間がこちらに来れば、もともと身につけていた技能を活かして食っていこうと思うのは当然だし、現地人にはないチートまで持っているのだ。それこそ二つ名が付くような有名人も多いのかもしれない。


 それにしても、返す返すも腹が立つのはあの女神モドキである。わたしにだって、どんなスキルが希望なのか聞いてくれてもよかったろうに。


「みさきさん! これ、あの神殿で食べたケーキみたいにおいしいですよ!」


 おっと、少し考え事にふけってしまった。ミリーちゃんに促され、わたしもケーキを一口食べる。おお……けっこうビターだな。表面をチョコでコーティングしているだけでなく、スポンジにもチョコを練り込んだ上に中には幾層ものパリパリチョコを仕込んである。こんなんどうやって作るんだろ……。少なくともわたしには逆立ちしたって作れそうにない。


「神殿でケーキ……? 一体どこで食べてきたんじゃ?」

「瘴気領域の中にあるんです!」


 ミリーちゃんが問われるままに無邪気に答える。そんなぺらぺらしゃべっていいの? と思われるかもしれないが、メガネちゃんたちからはとくに口止めもされていないのだ。というか、適度に噂が広まる分には旅人が増えて退屈しのぎになるのでむしろ推奨らしい。


「瘴気領域の中にそんなものが……。うーむ、一度調査に行ってみたいものじゃの」


 かいつまんでショッピングセンターのことを話すと、ガンダリオン先生が髭を撫でながらつぶやく。そりゃそうだよね。ごはんが美味しく寝床も最高、スーパー銭湯付きのユートピアなんてわたしだったら一度たどり着いたら一生出たくない。いや、事情が許すなら一生出たくなかった。まあ、この先生の場合はそういう俗物的な動機ではなく、純粋な学問的興味っぽいけど。


「ところでリッテ様、そろそろ本題を……」

「あっ、そうでした。師匠、サルタナ殿たちへの報酬について相談があるのですが」


 すっかり逸れてしまった話題をサルタナさんが戻す。さすがバリキャリビジネスウーマン。わたしだけだったらこのまま用事を忘れて帰りかねないところだった。


「ふむ、農学か植物学の権威で、岩山で育ちそうな作物を知っている者か……」


 ガンダリオン先生がまた髭を撫でながら考え込む。ありゃ? そんなむずかしいオーダーだった?


「いや、もちろん心当たりはあるのじゃがの。その手の相談に一番向いてそうな者がエルフの森へ調査へ行っているところでのう。少なくとも数日は帰ってくることがなさそうなのじゃ」


 あー、なるほど。そういうことでしたか。他の人でも紹介できなくはないが、そういう研究をしている人は基本的に平地で育つ作物の改良だったり、新たな農法の開発に取り組んでいるので、「岩山で育つ作物」なんていうニッチなテーマについてはあまり頼りにならないらしい。まあ、ニーズがなけりゃ研究する人もそりゃ少ないですわな。


 せっかくはるばる学術都市まで来たのだ。数日を惜しんで最善手を逃すことはない。ここは大人しく、その一番のおすすめという学者さんが帰ってくるのを待たせてもらおう。待っている間に市場を調べるなりして条件に合う作物を探せるかもしれないし。


「急ぐ用事がないのなら、わしらの研究成果を見ていくかね?」

「世界がひっくり返るような魔具の試作中なんですよ! ぜひ見ていってください!」


 おや、わたしたちに時間ができたとわかった途端、ガンダリオンさんもリッテちゃんもなにやら前のめりでアピールしてきたぞ。いや、わかりますよ。普段、お客さんの相手とかをせずに仕事をしてると、たまに来た相手には自分がやってることを全力で話したくなりますよね。


 むかし、営業先で「そんなすごい工場があるんですね。一度見てみたいなあ」とぽろっとこぼしたら、丸一日工場見学ツアーに付き合わされたことがあったのを思い出す。まあ、それはそれで楽しかったんだけど。


 ともあれ、魔術やら魔具やらの研究というのは普通に興味がある。もしかしたらわたしも魔術を身につけられる可能性がワンチャンあるかもしれない。ここはありがたく申し出に乗っておこう。


「ちょっとモノが大きいですからね。この部屋じゃなく演習場に試作機を置いてあるんです」


 そう言ってリッテちゃんが案内をしてくれる。廊下をしばらく進んで、中庭のようなところに通された。四方が土嚢どのうのようなもので囲まれていて、ところどころに人型の金属板が立てられている。土嚢はあちこちが焦げているし、金属板はボコボコに歪んでいる。なんというか、射撃訓練場のようなイメージだ。


「いま持ってくるので、ちょっと待っててくださいね」


 言われたとおりに素直に待つ。待っている間、ありがたくもガンダリオン先生から「ではここでひとつ、魔術の深奥の一端でもお見せしようかの……」とパラパラダンスをはじめたのでありがたくそれを拝見させていただいた。70歳か80歳か、それくらいの老人が舞うキレッキレのダンスは色んな意味で新鮮だった。


「はっ!」


 ガンダリオン先生が気合とともに右手を伸ばすと、手のひらから光の弾丸のようなものが飛び出し、離れたところにある金属板の頭にガイイィィーーーンと命中した。正確なところはわからないけど、拳銃くらいの威力だろうか?


「はぁっ……はぁっ……どうじゃ。これが攻性魔術の基礎【魔弾】じゃ。ゴブリンどころか、オーク程度なら一撃で仕留められるんじゃぞ」


 わぁー、めっちゃ肩で息してる。そしてわたしたち三人の反応は残念ながら淡白だ。いや、いまさらゴブリンを一撃だとか言われましても、もともと槌で殴れば一発だし……。


 思うような反応が得られなかったガンダリオン先生がなんだかしょんぼりしている。孫にプレゼントを買ってきたのに喜んでもらえなかったおじいちゃんのような姿に心が痛い。無理矢理にでも大げさなリアクションを返すべきだったのか……。


 微妙な空気にどうしたものかと考えていると、ガショーンガショーンと金属音が近づいてきた。なんじゃなんじゃ?


「お待たせしました! これがボクと師匠が開発中の魔導装具『実体火力投射機甲・試作弐号』です!」


 やってきたのは、その体格より一回りほど大きい人型の金属塊を身にリッテちゃんだった。

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