第五十九話 おじいちゃんとその孫って感じで微笑ましい
なお、関所があったのはそこが国境だからだ。いままでわたしたちがいた地域は帝国領とされており、学術都市は王国領とされているとのこと。ショッピングセンターでのサルタナさん講義で教えてもらうまでまったく知らない情報だったが、日常会話で国がどうこうなんて話にはそうそうならないので仕方がない。
この世界には、他国の情報を知らせてくれるテレビもラジオもなければ、民主制でもないので一般庶民は政治に対する関心が薄い。税やヘンテコなお触れに対する不満について話すのがせいぜいである。
街の仕組み自体はそうそう変わりがないようで、街門を抜けると自動車を厩舎に預ける。多少物珍しげには見られたが、そこまでびっくりした様子ではなかった。リッテちゃんによると学術都市ではゴーレム車なるものがある程度普及しており、馬なしで走る馬車は見たことがないほど珍奇なものということではないらしい。
リッテちゃんの案内で彼女の師匠である、万象を
いまさら十代に混じって学校に入り、「えっ、わたしまたなんかやっちゃいました?」なんてできる歳ではない。そんなことをしたら顔から火を吹いて憤死してしまうだろう。
道を歩いていると、あちこちで頭からフードをかぶった小柄な人々を見かける。鎖で繋がれて普通の人間に連れられているのだ。どうも荷物持ちなどをさせられているようだ。あー、これまた異世界物定番の奴隷ってやつかな? 奴隷になったケモミミ獣人幼女を救って
「あれは牙抜きゴブリンですね。ゴブリンの原生種を改良して牙と爪、そして凶暴性をなくして従順にした生物です。ボクはあんなものを連れ歩くほど悪趣味ではないですが……少しずつ流行ってます」
解説をしてくれたのはリッテちゃんだ。リッテちゃんはその牙抜きゴブリンってのが好きじゃなさそうだな。やっぱり生命の冒涜的な行為には
「ボクはですね、やっぱり魔術の王道は魔具制作だと思うんですよ。あんな邪道な研究に予算を回すくらいならですね、ゴーレムの
あー、生命の冒涜的なことにはまったく興味がないようだ。まあ、地球だって動物愛護精神やらなんやらが広まったのはごくごく近年になってからのことだもんね。おまけに相手はゴブリンだし。しかたないね。
歩きながらも続くリッテちゃんの愚痴によれば、どうやらリッテちゃんたち魔具関連の研究をしている部門と、さきほどのゴブリンのような改造生物の部門で予算の取り合いになっているようだ。
王国では長年魔王軍なるものとの戦争を続けており、それに役立てるための兵器開発をしているそうなのだが、単純な動きしかできないゴーレムは前線で使うにはイマイチという評価らしく、臨機応変な行動ができる生物兵器開発への期待が高まっているとのこと。うーん、絶対それ暴走するフラグだよね。
あれこれと話しているうちに目的地に着く。まるでコンクリートでできているかのような真四角な建物で、日本の学校を連想させる。余計な装飾はなく、いかにも機能性重視で建てられたことがわかる。
ガンダリオン大先生の研究室はその建物の1階の端にあった。普通、偉い人の部屋は上階にあることが多い気がするが、階段の昇降にかかる時間がもったいないし、重量物を扱うことも多いのであえて1階にしているとのこと。こりゃいかにも研究一筋の堅物先生っぽいなあ。そういう人苦手なんだよなあ。
わたしの緊張をよそに、リッテちゃんがノックもせずに研究室のドアを開ける。
「師匠! ただいま戻りました!」
「おお、おお、よく戻った。無事に素材は手に入ったかね?」
返ってきたのは予想外に優しげな声だった。研究室の中では真っ白な髭に顔の下半分を覆われた老人がお茶を淹れているところだった。このおじいちゃんがガンダリオンさんかな?
「いかにも、わしがガンダリオンじゃ。魔具研究部門の筆頭教授を任じられておる」
うん、さすがにこれで実は別人でしたってことはないですわな。
「この人たちは交易都市からボクの護衛をしてきてくれた冒険者さんたちです。女性なのに、男の冒険者なんかよりずっと強いんですよ!」
「はじめまして、高町みさきと申します」
「私はミリーです!」
「はじめまして、ガンダリオン教授。わたくしはサルタナと申します。かつて先生の講義を拝聴したことがございまして、こうして直接言葉を交わす機会が得られたことに感激しております」
ホントは冒険者じゃないんだけどなあ。まあ、説明がややこしいからこの場はそれでいいや。そもそも、冒険者に免許とかがあるわけでなし、自分が冒険者だと名乗ればその時点で冒険者なのだ。
「ほうほう、それはありがたいことじゃな。不肖の弟子を無事送り届けてくれたことに感謝せねば」
「ボクは不肖などではありません! 万象を
「ほっほっ、そうじゃったそうじゃった。わしの自慢の弟子、と訂正させてもらおう」
うーん、なんだかおじいちゃんとその孫って感じで微笑ましいな。まあ、リッテちゃんは見た目は中高生くらいでも31歳なんだけど。
「しかし、ちょうどよいときに来てくれた。甘味の魔女の支店で新作を買ってきたばかりのところでな。旅で疲れておるじゃろうし、お茶とお菓子で一息つくといい」
おお、それはありがたい。報酬についての話もあるし、素直にお言葉に甘えよう。できれば冷やしたエールがいただきたいところではあるが、勝手に出される分にはよいにせよ、初対面の相手に自分から「茶はいいから酒くれや」というのはいくらなんでも失礼だろう。
勧められるままに着席し、教授がお茶とお菓子の準備をしてくれるのを待つ。そして提供されたお菓子を見て思わず口を開いてしまった。
「これって……」
「なんじゃ、知っておったのか。チョコケーキというものでの。南方産の果実を加工してほろ苦くも香り高い独特な甘みに仕上げておるそうじゃ。わしも実際に食するのはこれが初めてなんじゃがのう」
そう、テーブルの上に出されたのは、扇形にカットされた黒いチョコケーキだった。
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