第五十八話 ミリーちゃんが粘液まみれになるオチしか見えん

「さあ進め! 地を這う閃光号よ! お前ならば学術都市までの道のりも3日で走り抜けられるはずだッ!」

「えーと、サルタナさん? くれぐれも安全運転でね?」

「もぐもぐ……この梅ガムっていうのもおいしいですねえ」

「これだけの速度で走り続けられる馬なしの馬車型ゴーレム……やはりこれも超術由来では……」


 酒場での乱闘事件の翌日、わたしたちはサルタナさんの駆る地を這う閃光号ソーラーカーに乗って学術都市へと向かう街道を進んでいた。ある程度整えられているとはいえ日本の舗装道路と比べればボコボコだ。


 乗り物酔いになりかけたミリーちゃんがもぐもぐしているのがショッピングセンター土産のひとつの梅ガムである。なんでかわからないけど、梅ガムって酔い止めになるよね。


 車内をじろじろと観察しているのはリッテちゃん。これも超術由来の品だとにらんで興味津々らしい。うーん、どちらかって言うと科学技術由来の産物だけど、まあそんなこと言ってもわからないよね。わたしだってどんな仕組みで動いてるかなんて詳しく知らないし。


 移動しながらの雑談でほぼ確信しかけているが、超術というのはおそらくあの女神モドキが大盤振る舞いしてるチートのことだ。魔法の存在するこの世界であっても、さらにそれから逸脱するような力なんて他に考えられない。女神モドキみたいな存在が、別口で存在する可能性も否定できないけど。


 セーラー服君だってしょっちゅうエネルギー収支がどうだのと言うけれど、そのエネルギーをどうやって得ているか不明だし、メガネチャンダイオーやドラム缶ロボたちにしても動力源がまるでわからなかった。まさしく、超常的な力が働いているとしか思えない。


 ま、わたしは研究者じゃないし、こんなこと考察したって一文にもならないんだけどね。トンデモパワーで動いてるトンデモマシンやら、トンデモな現象が引き起こせるものが超術だと理解しておけば十分だろう。


 地を這う閃光号がまた一台の馬車を追い抜かす。倍近い速度に御者さんが目を丸くしていた。通常なら交易都市から学術都市までの道のりは雷鳴が7回は巡る旅程になるそうなのだが、速い上に休憩がほとんど要らない自動車旅であれば、3日もあれば辿り着けるだろうとのこと。ビバ現代地球文明である。


「ご主人、前方にヌルゴブリンの群れを検知しました」


 うっわー、またあいつらか。サルタナさんに迂回するように伝える。そうしないと広範囲に巻き散らかされた粘液のせいでタイヤが滑ってしまうのだ。そのまま走れないことはないが、スリップの危険があるし、なにより車体が汚れて気分が悪い。


 ヌルゴブリンというのは、全身からヌルッヌルの分泌液を出すゴブリンの亜種で、地を這う稲妻号のクッションの素材として使われていた魔物だ。とにかく数が多く、繁殖力が強くてあちこちの地域に生息しているらしい。


 人間を好んで襲うような攻撃性はないが、あちこちにヌルッヌルの液体を残していくので滑るわ汚いわでとにかく迷惑がられている存在である。ヌルパッドの発明によって積極的に狩る冒険者も増えたそうなのだが、それでも数を減らす様子は見られないとのこと。


 つか、ホントこの世界ゴブリンの亜種が豊富すぎるだろ。むしろゴブリン以外の魔物に遭遇した記憶がないぞ。


「ふふふ、それはボクが解説してあげましょう。ゴブリンというのはですね。様々な種と交雑することから、非常に適応力が強い種なんですよ」


 ドヤ顔で説明をはじめたのはリッテちゃんだ。うん、人に何かを教えるのってけっこう楽しいよね。わたしもショッピングセンターのお料理教室で改めて実感したぞ。


「ちなみにヌルゴブリンについてはスライムという粘体生物と交配したことによって生まれた亜種だと仮説が立てられていますね」


 スライムと交配って……ゴブリンさん、アグレッシブすぎるだろ。つか、この世界にもスライムっているのね。某国民的RPGに出てくるマスコット的なタイプなのか、洋ゲー型の巨大アメーバみたいなやつなのかちょっとだけ気になる。まあ、ヌルゴブリンの性質から想像するに、後者だろうけど。


「亜種ごとに見た目が大きく異るゴブリンですが、実は骨格にはほとんど差異がないんです。まれに手足や眼球の多い変種が発見されることがありますが、骨盤の形状を比較すると……」


 うーん、リッテちゃんの解説が止まらないな。そこまでゴブリンに興味はないし、正直ちょっと飽きてきた。そして車に乗ってると眠たくなってくるのはなぜだろう。しかしサルタナさんに運転を任せて助手席のわたしが寝るというのはなんとも申し訳がない。なんとかゴブリン生態解説から話題を逸らしたいな。


「あっ、そういえばリッテちゃんはなんで交易都市にいたの?」


 ちょうどよい話題を思いついたので振ってみる。同年代だと聞いても見た目がずっと年下の女の子に見えてしまうので、ついつい口調が砕けてしまう。


「はい、ボクはヌルゴブリンの粘液の原液を買い付けに来てたんです」


 と言って懐から水筒のようなものを取り出す。


「学術都市周辺にヌルゴブリンは生息していませんし、仕入れられるのも加工品ばかりなんですよね」


 ヌルゴブリンの原液……そんなもの何に使うんだろう?


「この水筒は見た目は小さいですが、魔導回路が刻まれていて見た目よりもずっと多くの容量があるんです。ちょうど、ドワーフのお腹の袋と同じような仕組みです」

「へえー、そんな便利な道具があるんですねえ。その水筒を私のお腹の袋に入れたらたくさんお酒が運べそうです」

「ボクの知る限り、そういった実験が行われたという話はないですね。ドワーフの身体魔術と魔印が同時に働くとどうなるのか……反発しあって術式が壊れる? いや、ドワーフの子どもにも袋があるはずだから単純にそう解釈するのは……」


 あっ、なんかリッテちゃんのスイッチが入っちゃったぞ。なんかものすごく嫌な予感がする。


「理論だけではわかりませんね。ミリー殿、ここはひとつボクの実験に協力を……」

「えっ、いや、やめときます。やめてくださいね!」


 そうだ、やめたまえ。水筒が壊れてミリーちゃんが粘液まみれになるオチしか見えんぞ。

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