第五十七話 好きな話になるとついつい早口で語りたくなっちゃう

 急にセーラー服と素っ頓狂すっとんきょうな会話をはじめたことに驚いたのか、リッテちゃんが目を丸くしてこちらを見ている。ああー、こういう反応が逆に新鮮だ。みんな「そういうこともあるよね」くらいにさらっと受け入れるから、わたしもすっかり気にしなくなってしまっていた。冷静に考えると、セーラー服がしゃべるって結構な異常事態だよね。


「これほど流暢ちゅうちょうに話す魔具はボクも見たことがないです。学術都市で製作されている最新型のゴーレムでもここまでではないですよ。ひょっとして、これって超術由来の品ではないですか?」


 んん? 驚くポイントが微妙に違った。そういえば、セーラー服君ってこの世界だと最上級の魔具だか魔道具だかに匹敵するんだったっけ。つか、超術ってなんじゃいもん。


「超術というのは、既存の魔術や精霊術の枠に収まらない魔法のことです。無から魔力のみでお菓子を作り出す第二皇都の甘味の魔女や、あらゆる物を野菜に変える緑の魔王が扱う術などですね。その服からはほとんど魔力も感じませんし、超術由来の品で間違いないと思うのですが……」


 リッテちゃんが好奇心で目を輝かせながらにじり寄ってくる。そのへんツッコんで来る人がいないから完全に油断してた。ええー、これはですね、先祖代々伝わる家宝でして、詳しい来歴などはわからないのであります、はい。


「そうですか。超術由来の魔具なら研究対象としてぜひ譲っていただきたいんですが……」

「やはり並の品ではなかったのでございますね。もしお売りになる際は当商会にもお声掛けくださいますよう」


 あ、やべ、サルタナさんまで乗ってきちゃった。これはダメです、あれです、とにかく家宝なんで売り物にはならないんす。つか、これを脱ぐと死にます。いやわりと高確率で。


「先祖代々受け継いできたものですもんね。急に無理を言ってすみません」


 ああー、いいんす。いいんすよ。そんな貴重品には見えないですもんね。実際大したことないんすよ。研究する価値なんて微塵みじんも存在しないっす。


 セーラー鎧モードのことを知っているサルタナさんからの視線を感じるが、気が付かないふりをする。サルタナさんはサルタナさんで、競合を増やしたくないのかその件についてツッコむつもりはないようだ。ありがたいというか、油断できないというか、複雑な心境である。


「超術や魔術って、精霊様の術と何が違うんですか?」


 おっと、ミリーちゃんナイスだ。このままセーラー服から話題を移してしまおう。それに、わたしも普通に気になるぞ。


「そうですね。精霊術は加護を得ていない者には使うことができませんし、超術はなんらかの資質がある者しか使えないと言われています。しかし、魔術は練習すれば誰でも使えるという点が大きな違いです。学問的にはもっと色々な差異があるのですが、講義でもないのにあまり細かい話をしても仕方がないでしょう」


 ほほう、練習すれば誰でもできるというのは魅力だな。わたしでも身に付けられるんだとしたら、異世界にて魔法少女デビューということになる。うん? 誰が少女だって? 女の子はな、いくつになっても心に乙女を飼ってるものなんだよ。異論は認めない。


「せっかくですから、ひとつ簡単な魔術を披露してみせましょう」


 リッテちゃんはそう言うと、突然両手を激しく振り、軽やかなステップを刻みはじめた。なんだろう、急に踊りたくなったのかな。ゲーセンでダンスゲームをやりつつ、パラパラを踊ってる人みたいになってるぞ。


「はっ!」


 しばらくダンスを続けた後、くるっとターンを決めて右手を突き出す。おおー、お見事。思わず拍手がしたくなるキレッキレのダンスでしたぞ。そして、突き出した右手の先がじわじわと光りはじめ、大人の拳くらいの大きさの光の玉が生まれた。あー……、これが魔術ってこと?


「はぁっ、はぁっ……これが基礎的な魔術のひとつ『光明』です。いかがですか?」


 リッテちゃんは肩で激しく息をしながらドヤ顔をする。いや、うーん、すごいっちゃあすごいけどなあ……魔術っていうと、なんかこう、カッコいい詠唱とかと一緒にやるものじゃない? それに、「簡単な」という魔術でこれだけ疲労するのなら、難しい魔術を使おうときはたいへんなことになるんじゃないろうか。


 わたしたちの淡白な反応を見たリッテちゃんが、少し残念そうにしながらも言葉を続ける。


「身体から発する魔素で回路を描かなければ魔術は発動しませんからね……詠唱だけで魔術が行使できるというのは、こういった物の影響で広まった印象でしょう」


 そう言ってリッテちゃんが襟元から引っ張り出したのはメダルのようなものだった。大きさは五百円玉の2倍くらい、色は赤茶けていて飾り気がない。紐につないで首から提げているようだけれど、アクセサリーとしてはいかにも地味である。


「『光明』」


 リッテちゃんがつぶやくと、掲げたメダルの先にさっきのダンスで生じたのと同じような光球が浮かび上がった。そうそう、魔術っていうとこういうイメージだよね、やっぱり。


「これが魔印という魔具です。あらかじめ魔導回路を刻んでいて、発動句とともに魔素を流すだけで魔術が発動するようになっているものですね。高価ですし、結局魔素を扱う技術は必要なので一般にはあまり流通していませんが、ああいったものと基本原理は同じです」


 リッテちゃんの視線の先には酒場の壁に設置された照明がある。なるほど、光輝石はこういう原理で光っているのかー。って、いまいち理解できてないけど。


「魔術のお話も興味深くございますが、そろそろ具体的な旅程などについて話し合いませんか?」

「あっ、そうですね。ごめんなさい。魔術の話になるとつい夢中になっちゃって」


 リッテちゃんが恥ずかしそうに頭をかく。いや、わかるよ。好きな話になるとついつい早口で語りたくなっちゃうよね。


「それにまさか女性で、ボクと同い年の人たちに護衛をお願いできるなんて思ってもみなかったから、はしゃいじゃって……」


 ぱーどぅん? いま同い年って言った?


「ああ、ごめんなさい。ボク、ハーフエルフなので、人間の半分くらいの歳にしか見えないんですよ」


 そう言いながらかき上げた髪からは、わずかに尖った耳が覗いていた。ああー、ハーフエルフとか、そういうのもあるのね。


 わーぉ、三十路(+1)仲間がまた増えたぞ。

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