第五十六話 フェロモンを撒き散らす準備とかしてないだろうな

 急に護衛って言われてもなあ。そもそもこっちは冒険者じゃないし、正直困るぞ。


「学術都市、でございますか」

「たしか、魔法や色々な学問の研究をしてる学者さんがたくさん集まる都市でしたっけ?」


 困惑するわたしとは対照的に、何か考え込むような仕草になったのがサルタナさんだ。そのつぶやきに応じたのがミリーちゃん。そうだ、そういえばショッピングセンターでのサルタナ先生の講義に出てきたな。たしか、交易都市からさらに西の方にあるんだっけ?


「はい! そのとおりです。ボクはかの偉大なる魔具制作の第一人者、万象をるガンダリオンに師事する学士で、リッテと申します!」


 おお、「万象を識る」って二つ名的なやつかな? ちょっとかっこいいぞ。いかにも大賢人って感じがする。そんで、この三角帽に黒ローブの魔女っ子ルックの子はリッテちゃんっていうのか。


「おお、ガンダリオン教授のお弟子さんだったとは。わたくしも皇都で学んでいたときは、講義を拝聴したものでございます」

「あなたも師匠の講義を受けたことがあるんですね! ……あれ? でも最後に師匠が巡回講義に出たのはもう十年以上前だったような」


 リッテちゃんが怪訝そうにサルタナさんを見る。サルタナさんは30歳……あ、天が灰色に染まる刻を過ぎたからもう31歳なのか。だが見た目は二十代半ばで通るクールビューティだ。ガンダリオンという大先生の講義を受けたにしては若すぎると見えたのだろうか。


「わたくしは31歳ですからね。皇都で学んでいたのは15年ほども前のことになります」


 リッテちゃんの疑問を察したサルタナさんがクールに返答する。いや、ちょっと表情が引きつってる気がする。いつかみたいな地雷が爆発しないことを祈る。


「ええー! 精霊の加護はあるようですけれど、とてもそんな歳には見えないですね。ひょっとして、エルフの血とか混ざってません?」

「いえ、当家の家系を辿ってもエルフの先祖はおりませんね。加護もたまさかわたくしのみが授かったものにございます」


 こら、年齢の話はもうやめろ。アラサーというのは乙女にとって非常にデリケートな季節なのだ。それは女同士であっても変わりはない。ほら、口元がちょっとひくひくしてるじゃないか。


「え、えっと、それでサルタナさん、学術都市になにかあるんですか?」


 話題を切り替えようと慌てて口を挟む。暗黒モードのサルタナさんは一度しか見たことがないが、それだけで十分である。むしろ二度と見たくないぞ。


「はい、学術都市はその名の通り、あらゆる学問に精通した研究者たちが集まる都市にございます。植物学や農学を研究する学徒もおりましょう。そういった識者に相談すれば、天突あめつく岩で育つ産物も見つかるのではないか、と」


 おおー、なるほど。そういうことか。わたしも学校やら小説やらを通じて得た程度の知識はあるけれど、この世界でそのまま役立つものではないし、そもそも不十分過ぎる。専門家に相談できるのならそれに越したことはない。


 しかし、サルタナさんの目的である交易都市との交易路の確保はもう解決の目処が立ったはずだ。どうしてここまで親身になってくれるんだろう。いや、友だちだから、とかそういう理由かもしれないけれど、お返しもできないのに一方的にお世話になるのはちょっと居心地が悪い。


「ご心配は無用ですよ。もちろん当商会にも、わたくしにとっても利があってのことでございます」


 おや、そうなの?


「はい、まず天突あめつく岩に新たな産物ができれば、当商会の商いも増えましょう。遠く学術都市から持ち帰った産物ともなれば、かなりの値がつくことかと存じます」


 たしかに。異世界といえど舶来物はくらいものに目がないのは一緒だろう。いや、海を渡るわけじゃないけど。


「次に、瘴気領域の主がたおれたといってもすぐに瘴気がなくなるわけではございません。交易路の再開にはまだまだ時がかかりましょう。急ぎ戻ったところで、あのクソおや……当主が、また隠居ぶろうとしますゆえ」


 おおっと、また一瞬黒くなりかけたぞ。とにかくこれもあまり深く突っ込まない方がよさそうだ。って、この話の流れだと、学術都市に行くとなったらサルタナさんも着いてきてくれるのかな? 交易都市での仕事とかはないんだろうか。


「ご迷惑でなければぜひに。この不景気ではこのまま街に留まったとしてもさほどの収穫は得られそうにございませんし、なによりまだまだ地を這う閃光号に乗り足りませんわ」


 といって艶然えんぜんと微笑むサルタナさん。うーん、どうもこれが本命の理由のような気がするな。さすがはスピード狂である。ちなみに、地を這う閃光号とは、サルタナさん命名によるところの自動車ソーラーカーのことだ。


 サルタナさんの同行について、わたしもミリーちゃんも否やはない。むしろ大歓迎である。ミリーちゃんは今回の旅がドワーフ村から出たはじめての経験だし、わたしに至っては異世界出身だ。世慣れたサルタナさんが一緒に来てくれるのは頼もしさしかない。


「というわけで、護衛の報酬は植物学、あるいは農学の権威の紹介ということでいかがでございましょう?」

「そんなことならお安い御用です! っていっても、ボク自身が紹介できるわけじゃないけど。師匠に頼めば誰だって紹介してくれると思います!」


 おおー、話が早くてありがたいな。問題は婿探しにも瘴気領域の主退治にも関係のないミッションをこの堅物セーラー服君が許容するかだ。さっきからずっと黙っているのがかえって不気味である。もともと必要なときにしかしゃべらないやつだけど。フェロモンを撒き散らす準備とかしてないだろうな。


「ご主人、たしかに我々がもっとも優先すべき課題は使命の達成ですが、小生も短絡にそれのみを追うわけではありませんよ」


 おわっ、このタイミングでしゃべりやがった。おまえに読心術は備わってないんじゃなかったんかい。


「小生には高度な学習機能が備わっています。ご主人が何か言いたげなときの表情や身体の動き、バイタルの変化などはもう学習済です」


 うっわー……なんかこわ。引くわー。ともあれ、学術都市行きに反対しないとは、セーラー服君も少しは丸くなったのかな?


「あらゆる研究機関が集まっているということは、優秀な遺伝子を持つ知的エリートが多数いると考えられます。また、繁殖効率のよい生体も収集されているかもしれません。より効率的な繁殖相手が見つかる可能性があります」


 あーそーすか。やっぱそういうかんじにつながるんすね。

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