稼ぐぞ! 学術都市

第五十五話 あなた方のような冒険者を探してました!

「うーん、めぼしいものはなかったねえ」

「そうですねえ。麓の町よりはずっと大きい街みたいですけど……」


 酒場の一角でテーブルを挟んでジョッキを傾けているのはわたしとミリーちゃんだ。ジョッキの中身はエールである。薄めた甘酒のようでまあ一応美味しくはあるのだが、ショッピングセンターで生ビールの味を思い出してしまったわたしには正直物足りない。


 ちなみに、エールは平地で穫れる小麦を発酵させて作っており、人間の住んでいる地域では広く飲まれているそうだ。これに特殊な香料を加え、さらに熟成させたものが天突あめつく岩で飲まれていたエンペールドワーフの酒である。


 交易都市に到着次第、わたしたちは宿を押さえるとさっそく商店や露店が集まる通りへと向かった。案内してくれたサルタナさんは、付き合いのある商会へと挨拶回りをするとのことで一旦別行動をしている。サツマイモだのジャガイモだのといった地球の食材を知っているのはわたししかいないので、それが効率的だろう。


 そんなわけで数時間かけていろいろなお店を見て回ったのだが……残念ながら、ドワーフ村で育ちそうな作物は見つけることができなかった。というか、想像していたよりもずっと品揃えが少ない。麓の町でも手に入りそうな見慣れた食材ばかりだったのだ。


「お待たせいたしました。何かめぼしいものは見つかりましたか?」

「あっ、サルタナさん。それがなんにも……」


 挨拶回りを済ませたのか、サルタナさんがやってきた。「サルタナさんの方はどうでした?」と聞き返すと、青髪を横に振る。


「残念ながらこちらも収穫はございません。どうやら、皇都が滅んだ関係でこの街もすっかり景気が悪くなってしまったそうで……珍しい産品もあまり集まらないようなのです」


 サルタナさんによると、もともと交易都市は皇都という一大消費地の近くに位置していたことで発展したのだそうだ。いまでは商売のメッカと言えば第二皇都になっているらしい。第二皇都とは、瘴気領域の拡大を危惧した先皇帝の代から建設が進められていた都市だそうで、皇都が滅んでからは完全に首都機能をそちらに移しているらしい。


 それなら「第二」とかまどろっこしい呼称はやめればいいと思うのだが、それでは緑の魔王に屈して皇都を取り返すことを諦めたようで国としての沽券こけんが保てない……ということらしい。偉い人は守らなければならないものが多くてたいへんだ。


「よぉ、ねえちゃんたち。女の三人旅かい? おれたちを護衛に雇わねえか?」

「あー、けっこうです。間に合ってます」

「ちっ、そうかよ。あぶねえ目に遭っても知らねえぞ」


 酒場に来てから何人目かの護衛の申し出を断る。いまのはボロボロの革鎧を来た貧相な男だった。例によって、この酒場にも無数の依頼書が貼り出されており、多くの冒険者がたむろしている。不景気の影響は冒険者にまで及んでいるのか、派手に酒や料理を頼んで騒ぐものは見当たらない。


「望み薄ではございますが、一応依頼書も確認してみましょう。珍しい薬草の採取依頼などがあるやもしれません」

「なるほど、それが村で育てられそうなものなら株か種ごと持って帰っちゃえばいいのか」

「いいですね! 見てきます!」


 ミリーちゃんが席を立ち、さっそく依頼書が貼られた壁の方へと向かう。わたしとサルタナさんもそれに続いて席を立つ。


「よぉ、お嬢ちゃん、護衛はまだ見つかんないのか? いまならまだ引き受けてやるがどうよ?」

「そうだぜえ。このへんじゃおれたちが一番の腕利きだ。おれたちが受けられない依頼を受けられる冒険者なんていやしねえよ」

「なんなら夜の方だって満足させてやるからよ。ギャハハ!」


 あー、またこれか。護衛なんか探してないっての。再び断りの言葉を発しようとすると、知らない女の子の声がした。


「だから! ボクはあなた方に護衛を頼むつもりはないって何度言えばわかるんですか!」


 声がした方を確認すると、つば広の三角帽子に黒いローブを羽織った女の子がいた。見た目の年頃はミリーちゃんと同じくらいかな? つまり中学生か高校生くらいだ。その女の子が、いかにもガラの悪そうな冒険者の三人組に絡まれていた。さっきの護衛云々はわたしたちに向けられたわけじゃなかったのか。


 あー、こういうのやだなあ。日本の繁華街でたまに見かけた強引なナンパを思い出す。日本でそういうことがあったときは、最寄りの交番でお巡りさんに告げ口をしてたけど、この世界ではそんな些事さじで動いてくれる親切な衛兵だのはいない。


 冒険者もたくさんいるんだから、誰か助けに入らないかなーと思って店内を見渡してみる。うーん、全員目をそらして気がつかないふりをしてやがる。「このへんじゃ一番の腕利き」っていうのは嘘じゃないようだ。腕っぷしで敵わないからスルーを決め込んでいるんだろう。


「お、そっちのねえちゃんたちも護衛探しか? いまなら格安で請け負ってやるぜ」

「値引分は身体で払ってもらうけどな! ギャハハ!」


 うわ、しまった。見てたらこっちにターゲットが移ってしまったようだ。やだなー、こういうガラの悪いやからとは心底関わりたくない。


「おっ、こっちのガキはドワーフ女か? 噂通りとんでもねえものを持ってやがる」


 さっきから下品な煽りを繰り返していた冒険者の一人がミリーちゃんの胸に手を伸ばした。咄嗟とっさにその手を掴んで捻り上げる。ついでに膝の裏を蹴っ飛ばして床にひざまずかせてやった。当然関節は極めたままである。おうこら、うちのミリーちゃんに何しようとしてけつかんねん。


「この女、何しやがる!」

「みさきさん! 危ない!」

「ぐぼぉっ」


 おおっと、ゲス冒険者のひとりが掴みかかってきていたようだ。しかし、割って入ったミリーちゃんの正拳突きをみぞおちに受けてあっさりとダウンしている。ああー、これは完全に息ができないやつだ。苦しいぞ。ざまーみろ。ミリーちゃんは見た目はKカップ女子中学生アイドルでもドワーフなのだ。人間なんかよりよほど地力が高い。


「てめぇら……おれたちを舐めると承知しねえぞ!」


 残った一人の男が腰の剣を抜く。二の腕くらいの刃渡りのショートソードだ。あー、得物を抜いちゃいましたか。それならもう、こっちも加減はできんぞ。日本にいたころならチンピラに刃物で脅されたらビビって何もできなくなってただろうが、こっちに来てからははるかにスケールが違う化け物たちと戦ってきたのだ。はっきり言って、子犬が吠えているより怖くない。


「女と思ってあなどると、大やけどをなさいますよ」


 わたしが背中の戦鎚に手をかけたタイミングでサルタナさんが口を開いた。その手にはいつの間に抜いたのか、いつかの草ゴブリン狩りのときに使った魔法の投げナイフ手榴弾が握られている。柄にはめ込まれた赤い火霊石をあえてよく見えるように持っている。


「そ、そんなもん店ん中で使う気か?」

「女の細腕であなた方のようなごろつきから身を守るのです。これくらいは許されましょう? それに、先に刃を抜いたのはあなたの方でございます」

「くそ! おぼえてやがれ!」


 絵に描いたような捨て台詞を残し、剣を抜いた冒険者が逃げ出していく。おーい、仲間ふたり忘れてるぞ? まあ、こんなやつの手をいつまでも握っていたくないし、わたしも解放しよう。関節技を解かれた冒険者は、いまだに床にうずくまっていた残りひとりを引きずって逃げていく。意外に義理堅いやつだな。


 余計なトラブルに巻き込まれてしまったけれど、気を取り直して依頼書を確認しようとしたそのとき、


「あ、あの! あなた方のような冒険者を探してました! 学術都市まで、ボクの護衛をお願いできないでしょうか?!」


 先にごろつき冒険者に絡まれていた、三角帽子の女の子に話しかけられてしまった。

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