閑話6 とある女神の害虫退治
くるくると切り替わる極彩色に視界の一切を覆われ、非連続に切り替わる万華鏡のような世界。精妙なる調べと暴力的な轟音が共存し、反発し、時に溶け合う世界。目を塞ごうと、耳を塞ごうと、容赦なく脳を
そう、これは我らが物語の主人公である高町みさきの言うところの女神モドキ、すなわちだるっだるのスウェットを着た爆乳の金髪美女であるフレイアの話だ。
例によって、冒頭の調子で描写を続けるとどれだけ紙数を費やしても話が前に進まないし、
さて、くどくどしい前置きはこれくらいにしておこう。本閑話で主人公をつとめるフレイアであるが、これが何をしているかと言うとにやにやしながらパソコンのディスプレイを眺めている。映っているのは彼女が管理を代行している世界に送り込んだ低次知性体が、自らの体長をはるかに超える巨大な瘴気由来生物と戦っている映像だ。こうして眺めている間にも、再生数のカウントは次々と増えていっている。
「これはもうさあ、ブロガーとか配信主になっちゃっても食っていけちゃうかんじだよね」
ぐふぐふと汚く笑いながら、高濃度アルコールチューハイの缶をズズズとすする。念のため、くどいようだが繰り返すが、これは高次元知性体の正確な姿を描写しているわけではなく、あくまで地球人類でも理解できるように翻訳しているだけである。
そう、フレイアは「閑話3」でアップした記事、及び動画がバズりにバズり、これまで見たことがないような桁に膨れ上がるアクセス数に酔っていた。はじめはほんの1件でも新しい仕事の受注につながればラッキーくらいに考えていたのだが、次々にやってくる世界管理代行の依頼や、世界創生グッズに関わるメーカーからのコラボ依頼に完全に舞い上がっているのである。
とはいえ、まだ経験は浅くともフレイアはいっぱしの事業主だ。調子に乗ってあぐらをかけばあっという間に転落するであろうことはわかっている。そこで前回以上に力を入れて編集した記事と動画をアップしたところ、さらなる反響を生んでいるのだからこれはもうたまらない。脳内麻薬がドッバドバの恍惚状態である。正確に言えば、彼女ら高次元知性体には人体における脳のような原始的な器官は存在しないのだが。
「おっと、いいかげん仕事もしなくちゃね……」
数時間張り付きで自作動画のアクセスの伸びっぷりを観察していたフレイアだが、いいかげんに今日の仕事を済まさなければとディスプレイの表示を切り替える。管理を受託している世界のモニタリングデータだ。基本的な数値を確認して、問題がある世界に関しては手を入れなければならない。
「えっと、こっちはフィルタの交換をしておけば十分。こっちは……あー、ちょっと霊素が薄いな。2割くらい添加を増やしておこう。ついでに日照も強めておくか。うわ、こっちは生体増えすぎ。1割くらい間引いたほうがいいけど、これはオーナーさんに確認してからだな……」
などと、次々と各世界に対する方針を決めていく。いかにもダメそうに見えるフレイアだが、やるときはやるのだ。そうでなければフリーランスの世界運営代行業者など務まらない。彼女の世界管理の腕前を客観的に評価するなら、プロの中でも中の上から上の下と言ったところ。下手に大手の代行業者に頼んで、経験の浅い新人を担当にさせられるくらいなら、彼女の方がよほど良い結果を出すのである。
「これで一通り片付いたけど……問題はこの世界なんだよなあ……」
そんな彼女でも扱いに困っているのが、動画のネタにもなってくれた瘴気まみれの世界だった。個人宅に設置された世界で、規模はかなり小さい。オーナーはこの世界に見切りをつけたのか、管理代行を依頼してきたにもかかわらずまるで干渉してこない。
おそらく、失敗を活かして新しい世界創生に夢中になっているのだろう。それならこんなクソ世界は処分しちまえよ……とフレイアはいつも思っているのだが、大事なクライアントにそんなことは口が裂けても言えない。
「魔素、霊素はいつもどおり過剰。生命素は瘴気に吸われて枯渇気味。マジ終わってんなあ……この世界」
モニタリングデータを見ながら思わず愚痴をこぼす。こんな瘴気まみれの世界だからこそ貴重な動画が撮れたという点は否定できないのだが、それはそれである。彼女は彼女なりにネイチャー世界創造という行為を楽しむ趣味人でもあるのだ。こんな乱雑に作られた世界を見るのは正直なところ心が痛む。
「あー……やっば。レア種だと思って見逃してたらこんなことになってるじゃん」
フレイアが目を向けたのはネイチャー世界創造ブームの立役者となった「地球」から侵入してきた
問題なのは、そうした存在は自らの存在核となっている物質や生体、あるいは魂魄などの情報を、世界間の
「地球産だから価値が出るかもと思って放っておいたけど、これ以上他の生体を食べられたら困っちゃうな。もう駆除しちゃおう」
と言ってフレイアが取り出したのは個別包装をされた割り箸だ。世界に直接干渉をする際は、他から余計なものを持ち込まないよう、世界間で道具を使い回さないのが管理者としての常識である。フレイアは職業柄、多くの世界を管理しているため、ミスが起きないよう使い捨てできる道具を選んだのだ。
包装を剥がし、割り箸を慎重に世界へと差し入れる。この割り箸は専用の世界管理グッズではないので先端が太い。専用品は使い捨てができるような値段のものがないのでこれを使っているのである。害虫を一匹駆除するような
割り箸の先端を慎重に害虫の上に合わせる。これをそーっ……と、そーっ……と降ろして……。
――ピンポーン
「あっ」
不意に鳴った呼び鈴に手先が狂った。ごく狭い範囲だけを潰し、害虫を駆除するつもりだったのに、周辺の巣もろともに潰してしまったのだ。
「ああ……もう。ま、いっか」
たしか、現地生体たちが皇都と呼んでいた大規模な巣のひとつだったが、害虫にやられてほとんど生体が存在しなくなっていたはずだ。丸ごと潰してしまっても差し支えはあるまい。人間、及びその派生種は環境変化に強く、巣が失くなったくらいで簡単に死滅したりはしないのだ。
即座に気持ちを切り替えたフレイアはインターホンに向かう。宅配便だったようだ。ごく簡単に身支度を整え、玄関のロックを解除する。荷物の受け取りを済ませ、再び世界管理用の端末に戻る。
「チャイムの音って何回聞いても慣れないわよね。何分後にチャイム鳴らしまーす! とか、あらかじめ教えてくれればいいのに」
そんな無体なことを言いつつ、今度は溜まったメッセージのチェックをはじめる。ブログと動画が共有アーカイブでバズって以来、仕事の依頼からファンレター、いたずらや誹謗中傷に至るまで膨大なメッセージが送られてくるのだ。
無数のメッセージを読みつつ、必要なものには返信、不要なものは削除するなどの作業をしていると、メッセージの差出人リストの中に高次元知性体にとって無視できない名前を見つけてしまった。
「統一局からのメッセージって……私、別に倫理規約に触れるようなことしてないよね……」
思わずにじんだ手汗を意識しながら、フレイアはそのメッセージを開くのだった。
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