第六十二話 文句があるやつは一歩前に出て歯を食いしばりなさい

「見苦しいものを見せてしまってすまんのう」


 ガンダリオン先生が渋い顔で謝罪してくる。いえいえー、お気になさらず。日本でもよく変なおっさんに変な絡まれ方をしてストレスだったのでお気持ちはよくわかりますよ。ところで、さっきの感じの悪いおっさんって何なんです?


「生体研究部門の教授でな。わしの同期じゃったんだが、牙抜きゴブリンの開発でひと稼ぎしてからはあの調子でのう……」

「富は人を豊かにもしますが時に心を貧しくするものと申しますものね」


 サルタナさんの合いの手にガンダリオン先生がうんうんとうなずく。


 あー、わかります。お金って人を変えますよね。ヒットしてるみたいだし、ついでに名声も得て天狗になっちゃってる系なのかな? って、ガンダリオン先生と同期ってことは、ボルデモンっておっさんは見た目よりずっと歳をとってるんじゃろか。


「歳はわしと一緒じゃよ。研究成果を自分の体でも試しているらしくての……」


 ガンダリオン先生が遠い目をしてため息をつく。昔はいいやつだったのに、変な薬の影響でおかしくなっちゃったのだろうか。実は幼なじみで親友だったとか、そういうありがちなバックボーンがありそうな気がする。


「いや、思い返すとやはり昔から性格が悪かったと思うての。最近はそれに態度の大きさまで加わったというだけじゃ」


 身も蓋もねえなおい。


「選考会が近いせいで余計にこちらが気になるようでな。よくああやって絡んでくるんじゃ」

「ほう、選考会とはどんなものでございましょう?」


 うーむ、行動が完全にチンピラやヤンキーのそれだな。資産や社会的地位に品性が比例しないというのは異世界でも変わらない真実らしい。ところで選考会ってなんですかね? わたしもちょっと気になる。


「各研究室が成果を持ち寄って比べ合うんじゃよ。軍のお偉いさんも視察に来るでな。上手く目に止まれば研究予算の増額は間違いないからの。みんな必死なのじゃよ」


 わしも含めてじゃがの、とカラカラと笑う。白髭のおじいちゃんがこうやってわらってるとなんだか水戸黄門みたいだ。


「ところで、リッテとミリー君がずいぶん盛り上がっていたようじゃが、滞在中は研究を手伝ってもらえるということでいいのかの?」

「地霊の加護を持っている人なんてめったにいませんしね! 色々と実験のしがいがありますよー!」

「あの、実験は安全なのでお願いしますね?」


 ミリーちゃんが若干引き気味に答えつつ、「どうしましょうか?」とこちらに視線を向けてくる。


 ふむー、紹介してもらう予定の植物学だか農学だかの権威はなんにしたって待たなければ帰ってこない。ミリーちゃんの意思に任せてよいのではないだろうか。メカいじりとかは好きそうだし。


「わたくしもミリー様のお好きになさってよいと思いますよ。この街でも交易品や天突あめつく岩で育ちそうな作物を探すつもりではございますが、肝心の作物がどんなものか知っているのはみさき様だけですし」


 サルタナさんもとくに異論はないようだ。「そういうことならさっそく行きましょう!」と喜んだリッテちゃんが、ミリーちゃんの手を引いてどこかへ行ってしまう。


 実体火力……なんだっけ? は装着したままなので、ガショーンガショーンと足音を響かせながらだ。パワードスーツを着た少女に連れられていく少女……なかなかに見られない光景だな、これは。


「ふむ、それでもう宿は取ったのかね?」

「いいえ、こちらにまっすぐ参りましたので」


 ガンダリオン先生の問いにサルタナさんがおっとりと答える。


「それなら学院の宿舎を使うといい。来客用の部屋があるのでの」


 おお、それはありがたい。土地勘のない場所ではちゃんとした宿を探すのも一苦労しそうだし。学院内ということならきっと安全面でも問題はないだろう。これまでにもあちこちで宿に泊まってきたが、残念ながらそのすべてが安全で快適というわけではなかった。


 相当腕っぷしが強くなったとはいえこちとら女子である。外から酔っぱらいの騒ぐ声がするような宿では熟睡できないのだ。……ん? 30歳は女子ですよ? 文句があるやつは一歩前に出て歯を食いしばりなさい。顔面を警戒させておいて腹に一発ぶち込んでやるから。


 ガンダリオン先生が用務員的な人に声をかけ、わたしたちを宿舎まで案内するように言いつける。ミリーちゃんにも伝えておくので、合流はその部屋ですればよいとのことだった。配慮が行き届いていて助かりますな。


 案内された宿舎の部屋に着替えなどの荷物を置くと、ひとまずわたしとサルタナさんについては学院での用事を終えてしまった。ガンダリオン先生へはときどき顔を出すから例の学者さんが帰ってきたら紹介してくださいとお願いして学院を後にする。さーて、まずは商店やらの視察ですかね。


「その前に、商いの神の神殿に立ち寄りませんか? このような不慣れな土地ではまずそこで情報を集めた方がよろしいかと存じます」


 おお、神殿か。そういえば神殿だの大神殿だの言葉では聞いているけど、実際の神殿に行ったことはなかった。さすがにあのショッピングセンターを神殿としてカウントするのは違うだろうし。そもそも、この世界の宗教ってどうなってるんだろ?

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