第五十四話 プロアスリートのようにむっきむきに引き締まっている

 そして4日後。わたしたちは4つの車輪がついた鉄の箱――すなわち、に乗って瘴気領域の荒野を疾走していた。


「みさきさん! これなら地潜りゴブリンも、でっかいやつも追いつけなそうですね!」

「我が地を這う稲妻号とは比較になりませんが……このハンドルに伝わる手応え、大地に近い疾走感……これはこれでいいッ!」

「あー、サルタナさん。あんまり飛ばすとバッテリーがもたないんで、30キロくらいでお願いします」


 スピードメーターを指差し、このへんですよと数度目かの念押しをする。サルタナさんに地球の数字は読めないが、針がこのへんに来たらダメですよーというのは当然伝わる。やはりこの手の計器は直感的なのが一番だ。


 ハンドルを握っているのはサルタナさん。わずかな練習ですっかり運転を身に着けてしまったのはさすがスピード狂だ。あらゆる乗り物に対する天性の勘的なものが備わっているのかもしれない。教習所で何度も実技試験に落ちて、やっとこさオートマ限定免許を取ったわたしとは大違いだ。


 そう、この自動車こそがメガネちゃんたちからの報酬だった。最新式のソーラーカーで、薄曇り程度の日照があれば時速30キロ程度での連続走行が可能。一日中ぼんやりと明るいこの世界にはぴったりの性能だ。


 タイヤはエアレス式のものに取り替えているのでパンクの心配はなく、すり減ってダメになるまでは乗り続けられるだろう。ガソリンでの走行も可能なので一応満タンにしてあるが、補給の目処がない以上、これは緊急時以外では消費したくないところだ。


 太陽光発電だけでまともに走れる自動車なんて、わたしが日本にいたころには発売されていなかったが、どうやらひと月前ほどに発売された新製品のようだった。あのショッピングセンターの品揃えは地球と同期しているため、新製品も常に入荷しているのだ。


 変化に乏しい環境で暮らしているあの二人にとって、新製品というのは何でも娯楽になるらしく、ショッピングセンターの一角にあるカーディーラーに入荷されたのを見つけて、適当に走らせたりして遊んでいたそうだ。


 そして、メガネちゃんからのお願いごとというのは、料理を教えてくれというものだった。そもそも料理をしようという発想がほとんどなかった上に、二人とも日本にいたころはコンビニ弁当や菓子パン、スーパーの惣菜などばかり食べていたため、料理は家庭科の授業くらいでしかやったことがないらしい。うーむ、いちいち重たい過去を想像してしまうぞ。


 センター内には料理初心者向けの本やDVDなどもたくさんあったが……なんにも知らない状態では、いったいどれから手を付けていいのかもわからないだろう。初心者向けをうたいつつ、実際はめっちゃ不親切な上にたまに間違った内容が書かれているものもあるし。基本中の基本や、ひどい失敗をしないコツは教えたので、あとは自分たちで色々工夫していけるだろう。


 そんなこんなで、三日間みっちり料理を教えていざ出発となったわけだ。短い期間だったけど、ずっと一緒に料理や食事などを共にしていたせいか、なんだか友達が転校したときのようにしんみりしてしまった。わたし以外のみんなもちょっとうるっとしていたようだ。さびしいけど、なんかこういうのいいよね。


 三日の間、ミリーちゃんは二人に縫い物や細工物の基本を教えていた。ドワーフだけあってミリーちゃんは手先が非常に器用だ。あっという間に複雑な刺繍や、精巧な人形を彫り上げるミリーちゃんを見て、メガネちゃんもメカクレちゃんも慣れない作業に四苦八苦しつつ、楽しそうに練習していた。わたしも付き合ったのだが、手指に無数の絆創膏が増えるばかりだった。こういう細かい作業苦手なんだよ!


 サルタナさんはそのインテリぶりを活かし、かつて皇都で学んだという各地の習俗や、民話や神話、その他雑学の講義をしてくれた。講義と言っても堅苦しいものではなく、流れるような話しぶりはまるで読み聞かせのようで、楽しく学ぶことができた。この世界の常識にうとい日本人三人だけでなく、ミリーちゃんも興味深そうに聞き入っていたので、なかなか貴重な情報を手に入れることができたと考えていいのだろう。


 自動車のトランクには、ショッピングセンターでもらったお土産がパンパンに詰まっている。いつもは旅人に対して「手で持てるものだけ。それも片手にひとつずつ」というルールでショッピングセンター内のものを持ち帰ることを許していたそうだが、わたしたちには大盤振る舞いをしてくれたようだ。いまさらだが、あの瘴気領域に入る前の街で出会った酔っぱらい冒険者も、そうして腕時計をもらって帰ったのだろう。


 お土産といえば……じつはあのショッピングセンター内には銃砲店が隠されており、わたしにだけこっそり見せてくれた。今後、瘴気領域の主と戦うのであれば役立つだろうというわけだ。銃砲店の中には猟銃だけでなく、日本では販売が許されないであろう軍用拳銃やマシンガン、対物アンチマテリアルライフル、果てはロケットランチャーなんて代物まであったが……これらは丁重にお断りした。


 まず、苦戦するような怪物には小口径の銃では到底威力不足だ。たとえば岩ゴブリンでもそれくらいなら皮膚で跳ね返してしまいそうであるし、デカブツに至っては対物ライフルでも急所に当てなければ効果は薄いだろう。一時期、ミリタリーもののアニメにハマって、その流れで銃の試射動画をやたら見ていたことがあるのでおよその威力は想像がつくのだ。


 さすがにロケットランチャーなら十分効果があるだろうが、弾数が限られる上に気軽に持ち歩ける大きさではない。飛び道具が手に入るのは魅力であるが、あまりにも使用場面が限られてしまって有効活用できる気がしなかった。銃火器については気持ちだけいただき、ホームセンターから使えそうなものをもらうことになった。


 それにしても、セーラー服君のアシスト込みではあるが、いまやわたしの振るう戦鎚の威力は対物ライフル級になっているのか……と改めて考えるとなんだか苦笑いがこみ上げてくる。手のひらはタコだらけだし、目立った筋肉太りこそしてないものの、プロアスリートのようにむっきむきに引き締まっている。ゴブリン嫁入りエンドを避けるためにはよいことであるはずなのだが、どうにも複雑な気持ちになってしまうのは否めない。


「みさきさん! 街が見えてきましたよ!」

「それならもう遠慮は不要でございますね。一気に飛ばしますよ!」


 ぐっとシートに身体が押し付けられる感覚がして、車窓に映る景色の速度が増す。はるか向こうに見える街の影が目指していた交易都市のはずだ。ここでドワーフ村でも育てられる産物を見つけて、大不況の危機を乗り切るのだ!


 ぼんやりと見えていた街の影は、ぐんぐんと輪郭をくっきりさせていくのだった。

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