第五十三話 ピーマンにされたら、勝てない
フリーズしたわたしに、メガネちゃんが不思議そうな視線を向けてくる。
あっれー? いまのって、そういう意味じゃないの? あっ、ていうか「私に」じゃなくて「私たちに」って言ってたな。つまり、わたしはメガネちゃんとメカクレちゃんの共有嫁になる? あ、いやいや、そうじゃなくて、うーん、いや待てよ? いまの十代女子に「毎朝俺の味噌汁を作ってくれ」ってプロポーズはそもそも意味が通じてない可能性があるぞ。そんなん昭和の世界だ。平成世代のわたしだって、創作物の中でしか見たことも聞いたこともないセリフである。んん? となるとさっきのセリフはどういう意味だと解釈すればいいんだ? わからん、わからん、わからんぞぉぉぉおおお!!
「すみません、唐突に変なお願いをしちゃって……やっぱりダメですよね。大切な旅の途中ですし、私たちと一緒に暮らして、ごはんを作ってほしいなんて」
「……毎日、食べたい」
思考の迷路に陥っていたわたしの態度を否定と受け取ったのか、メガネちゃんとメカクレちゃんが言葉をつないだ。ああ、そういう。裏の意味はなくて、普通に毎日ごはんを作ってほしいってリクエストだったわけですね。すみませんね、耳年増なもので。変な意味に捉えてしまいました。あとな、いま「リアル年増だろ」って思ったやつ。あとで体育館裏な。
あー、でも、魅力的な提案であることは否定できない。このショッピングセンターにいる限り、日々の暮らしにも困らないし、瘴気領域の中に女子高生二人が暮らしていて無事だったのだ。安全も確保されるとみて間違いない。ドワーフ村の問題についても、このショッピングセンターの物資を提供できるのなら解決できるだろう。
「申し訳ございません。主人は多くの子を為すか、瘴気領域の主を倒すかという使命を帯びているのです。せっかくのお誘いですが、
って、考え込んでたらいきなり口を挟んだのがセーラー服だ。おまえ、いつの間に起きとったんじゃい。つかさ、瘴気領域のボスを倒すにしても、このショッピングセンターの超パワーを借りられるのなら楽勝な気がするし、けっこう合理的じゃね?
「そういえば、高町さんには
「……忘れてた」
突然言葉を発したセーラー服に一瞬きょとんとしたあと、これが例のアレか……というかんじでメガネちゃんとメカクレちゃんが残念そうに言う。二人には使命についてはすでに説明済みで、それが押し付けられたものだということも理解しているので、わたしに対しては同情的である。
「たしかに、メガネチャンダイオーなら瘴気領域の主ですか? それの相手も十分にできそうですが、それで本当に大丈夫なんでしょうか?」
ほわい? この思考停止セーラー服さえ納得させられれば、問題ないと思うのだけれど。つか、あの巨大ロボ形態の正式名称はメガネチャンダイオーでいいのか。
「私たちには使命が課されていなくて、高町さんには使命が課されたというのが引っかかるんです。私たちが手出しをするとあの女神の思惑から外れてしまって、何か干渉される危険はないでしょうか?」
あー、言われてみればありそう。あの女神モドキ、性格悪そうだったし。
人間のことなんてどうでもいいと思ってそうなフシが感じられたし、ぷちっとやられてしまう可能性も否定しきれない。チートを与えた当人が、そのチートより弱いということはまずありえないだろう。力だけなら、あれはまさしく
……となると、やはりショッピングセンターチートに相乗りする方向性はNGか。わたし一人のことならまだしも、もし何かあればメガネちゃんとメカクレちゃんも巻き込んでしまう。
そこに、サルタナさんが口を挟んだ。
「恐れ入ります。この大神殿のお力で、緑の魔王の討伐をお願いすることはむずかしゅうございましょうか?」
んんー? 緑の魔王って、皇都の住民をぜんぶ野菜に変えて食べちゃったっていう凶悪ベジタリアン魔王だっけ。たしかそれが居座り続けているせいで、皇都を通る交易路は全滅になっているはずだった。
「緑の魔王というのは、南の皇都にいるなんでもピーマンに変えてしまう人のことですよね?」
「はい、おっしゃるとおりでございます」
野菜ってピーマンのことだったんかい。ピーマンしか食わないなんて偏食の域を超えてるな。魔王って言うくらいだし、本当に人間なんだろうか。っていうか、この世界ピーマンあるの? いままで地球と似た野菜はいくつも見てきたけど、完全一致するものはなかった気がするぞ。
「……ほっといても、たぶん、もうすぐ死ぬ」
メカクレちゃんがぼそっと答える。え、どうしてそんなことわかるの? メカクレちゃんのチート能力って、死期がわかるとかそういう系?
「念のため、周辺にドローンドラちゃんを飛ばしてときどき偵察してるんですよ」
「……油断大敵」
すると1体の小型ドラム缶ロボが低い音とともに飛んできた。頭部には明らかに飛翔するだけの浮力は生めそうにない小型のプロペラがついている。
つか、このロボの愛称はドラちゃんなのか。なんか色々やばい気がするが、青くもないし、足もないし、フォルムはどちらかっていうと宇宙戦争的なSF映画に出てくる電子音でしか話さないアレに似てるからきっと大丈夫。大丈夫だ、問題ない。
その偵察によると、緑の魔王と言うのは見た目には普通の人間男性らしいのだが、すっかり衰弱しきってもう先は長くないのではないかということだ。また、彼がどれだけ非道なことを行ったのだとしても、事情も知らないし、直接危害を加えられたわけでもない相手の殺害に協力するのはさすがに気が引けるということだった。
うーむ、反対に言えば直接危害を加えられたらどうするかわからん、ということか。メガネちゃんもメカクレちゃんも、大人しそうに見えて思った以上に肝が座ってるな。そんな心配はないと思うが、調子に乗って怒らせたりしないように気をつけよう。
「それに、もしかしたらメガネチャンダイオーでも勝てないかもしれません」
「……勝率不明」
げっ、緑の魔王ってそんなにむちゃくちゃ強いの!? 宇宙から来た戦闘民族でもない限り、人間じゃ絶対メガネチャンダイオーには勝てないと思うんだけど。
「近づくだけでみんなピーマンに変えてしまうんです。いまのところ、無機物をピーマンに変えたところは見ていないんですが……」
「……ピーマンにされたら、勝てない」
うーむ、そりゃそーだ。どれだけ強大なパワーを持ってても、近づいたらピーマンにされて終わりでは勝負にもならない。あの特撮ロボでもどうにかなるかわからない相手なんて、勝手にお亡くなりになるのを待つしかなさそうだ。
「左様でございますか……。それほどまでに強大な存在だったとは。承知いたしました。
「いえいえ、こちらこそ力になれなくてごめんなさい」
「できれば交易のお願いもしたかったところではございますが、あいにく、こちらから提供できるようなものがありませんしね……」
サルタナさんが残念そうに肩を落とす。うーむ、たしかにこの外の世界で手に入るようなものは、このショッピングセンターでほとんど手に入っちゃうだろうしなあ。しかも現代日本と同等の品質だ。交易を通じて欲しいものなんてそうそうないだろう。対価ももらわず一方的に恵んでもらうというわけにもいくまい。
これはちょっと手詰まり感があるなあ。まずサルタナさんの目的である安全な交易路の確保。これはあの瘴気領域の主……の可能性が高い大怪獣が
次にわたしとミリーちゃんの目的であるドワーフ村でも育つ作物、あるいは他の産品の確保。園芸コーナーに行けば地球産の種や苗が手に入りそうだが、そのままでは呼吸ができないほど環境の違う土地で育つかというと、かなり可能性は低いだろう。
「そうだ!」
と、メガネちゃんが手を叩く。何か思いついたのかな。
「高町さんには別のお願いを聞いてもらえませんか? もしそれを聞いてもらえたら、きっと旅に役立つあるものを差し上げます」
おおっと、今度はどんなお願いなんだろう?
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