第五十二話 なんでJKから昭和なプロポーズされてるんですかね

「ひっ……ひぐっ……こんなの、こんなの食べたの、おばあちゃんが、しっ、元気だったころ以来で……ごめ、ごめんなさい」

「……だいじょうぶ。だいじょうぶだから。もう全部忘れよ」


 朝食の席で突然ぼろぼろと泣き出したメガネちゃんの背中をさすって慰めているのはメカクレちゃんだ。一体どういうことよ……。セリフから非常に重たいものを感じるぞ……。


 みんなよりひと足早く起き出したわたしは、厨房を借りて朝食の準備をしていた。昨日の夜から冷蔵庫に入れて水を浸漬しんせきさせていた高級米を、これまた家電量販店でゲットした最高級炊飯器で炊き、おにぎりを作っていたのだ。


 あとは油揚げとわかめのお味噌汁に、フォークでも食べやすいよう一口大に切った塩鮭、出来合いの漬物を少々、というシンプルな和朝食である。お味噌汁に関しては、ひさびさにちゃんと出汁を引いた。って言っても、顆粒出汁に頼らず出汁パックを使ったってだけだけど。


 お米を仕込むときに、ついでにお味噌汁用として出汁パックを水に漬け、冷蔵庫に入れておいたのだ。こうして沸かさずに冷水でじっくり出汁を取ると、雑味のない上品な味わいになるという寸法だ。


 こんな機会はめったにないし、ミリーちゃんとサルタナさんにも米を味わってもらおうと考えた結果がこれだった。お椀に盛ったごはんは慣れないと食べにくいが、おにぎりなら食べやすい。海苔で包んでしまえばお米の粒も見えないから、視覚的な抵抗感も薄れるだろう……という狙いだったのである。


 それが……どうしてこうなった。お味噌汁を一口飲んだメガネちゃんが、突然ぼろぼろと泣きはじめてしまったのだ。二人の会話から洩らされるのは断片的な情報でしかないが、どうもメガネちゃんのおばあちゃんは亡くなっていて、それにまつわるトラウマのようなものがあるようなのだ。


 完全に予想外のところで地雷を踏み抜いてしまった。お味噌汁自体がトラウマのキーだったのか、勝手に朝食を作ったのは失敗だったか……などと考えていると、どうもそういうことではないらしく、メガネちゃんは泣きながらも「おいしい……おいしいです……」と言いながらきれいに完食してくれた。


 突然の出来事に、メガネちゃん以外は手が止まったままだ。それに気づいたのか、メガネちゃんは涙を拭き取ると、気恥ずかしげに居住まいを正した。


「ごめんなさい。急に取り乱しちゃって。こんなおいしいお味噌汁を飲んだのはひさしぶりで……急におばあちゃんの、日本のことを思い出しちゃって」


 取り繕うような照れ笑いを浮かべるメガネちゃんに、なんと声をかけていいのやらわからない。この場ではどんなことを言おうが空々しく聞こえてしまいそうな気がする。


「さ、みなさんも召し上がってください! 高町さんが作ってくれた朝ごはん、すっごくおいしいですよ!」


 気まずい空気を振り払うかのようにメガネちゃんが明るい声を上げる。うわー、この子めっちゃいい子や。少なくとも自分が高校生だったころに、こんな気遣いができる気はしないぞ。


「……うん、冷める前に食べよ」


 メガネちゃんの言葉を受けて、何事もなかったように食事をはじめるメカクレちゃん。うっわー、この子もいい子や。メガネちゃんの気遣いを無駄にしないよう、率先して食べはじめてくれたのだろう。「……たしかにうまい」なんて言いながら食べるメカクレちゃんを、メガネちゃんが微笑みながら見ている。なんとなくだが、この二人はすごく心の深いところで通じ合ってるんだな、と思った。


 それを見て、わたしたちも食事を再開する。おにぎりは、白ごはんではなくいくつかの種類の混ぜご飯にしてある。わかめご飯、ゴマとたくあんを刻んで混ぜたもの、揚げ玉と細かく切った油揚げと青のりを混ぜ込みめんつゆで味付けしたたぬきご飯の3種だ。たぬきご飯は日本基準だと朝食には重いかもしれないが、この世界では朝からしっかりパワーを付けないとやってられない。


 白米そのものおいしさは食べ慣れないとなかなか理解できないものだし、まずはわかりやすい味のついたものでごはんの魅力を紹介しようと思ったのだ。ごはんとおかずを口のなかで混ぜ合わせて食べることを口中調味というが、これができる食文化を持つ国は意外にまれらしい。ヘルシー食として和食が普及しつつある現代でも、白ごはんはそのまま食べるのではなく、醤油などで味付けをして食べる国が多いと聞いたことがある。


 そんな一工夫をしたおにぎりはミリーちゃんとサルタナさんにも無事受け入れられたようで、二人ともしっかり全部平らげてくれた。あ、ミリーちゃんはちょっと足りなそうだな。ごはんは多めに炊いてあるから、足りなかったら追加でにぎるぞい。


 そんなこんなで朝食が終わり、ショッピングセンター組の二人は緑茶。わたしたち3人は食後のビールを楽しんでいる。朝っぱらからビールとは何事だって? こっちはそういう文化なのだから仕方がない。郷に入れば郷に従うものなのである。決して、朝イチから飲むビールは最高だなあなんてことはこれっぽっち思っていないのだ。うへへ、朝酒さいこー。


「高町さん、お願いがあるんですが、聞いていただけないですか?」


 全員が一服ついたところで、メガネちゃんが真面目な顔でこちらを見てくる。あ、はい。なんでしょう。結果論とは言え命の恩人ですし、可能な範囲でお願いは聞きまするぞ。


「……高町さん、毎朝私たちのためにお味噌汁を作ってくれませんか?」


 はいいいいいいい!? なんでJKから昭和なプロポーズされてるんですかねぇぇぇえええ!?

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