第四十九話 日本でやったら絶対怒られるやつだ

「それでは第一回マージャン大会が無事完了しましたことを祝いまして、かんぱーい!」

「「「「かんぱーい!」」」」


 フードコートの一角に陣取り、ジョッキを打ち合わせ、ごくごくごくと喉を鳴らして黄金色に輝く液体を飲み干す。ぷはーっ、と思わず息を吐いて味わっているのは生ビールだ。やはり風呂上がりはこれである。なお、ビールを飲んでいるのはわたしとミリーちゃんとサルタナさんの三十路組で、メガネちゃんとメカクレちゃんの未成年組は炭酸水だ。


「おいしーい! エールともエンペールドワーフの酒ともぜんぜん違うんですね!」

「なんという澄んだ味わいにございましょう……。これほどのものは皇都でも味わったことがございません」


 みんなお腹が空いてるだろうし、わたしも空いているので酒のさかなはひとまず簡単なものを用意した。冷凍のフライドポテトを揚げたものに刻んだアンチョビとドライパセリをえたものと、茹でた枝豆をオリーブオイルとにんにく、鷹の爪、ベーコンでさっと炒めたペペロン枝豆だ。簡単だけれど、ビールのお供には最強のタッグである。ちなみに食材はドラム缶ロボにお願いをすると超速で取ってきてくれた。有能過ぎる。


「フライドポテトも枝豆も、一工夫するだけでこんなに変わるんですね」

「……うまい」


 料理の方はメガネちゃんとメカクレちゃんが感心した様子で味わっている。ミリーちゃんは予想通り一心不乱にもぐもぐと、サルタナさんは優雅に味わっているがその手は止まっていない。ふふふ、まず一発目は当たりのようだ。


 料理を作るに当たって、メガネちゃんとメカクレちゃんには普段どんな物を食べているのか簡単に聞いていた。このショッピングセンターは多くの部分を地球と同期させているそうで、食材や料理メニューは日本にあるモデルとなったショッピングセンターと同じものが出るようになってるのだそうだ。しかも、在庫はいつの間にか回復するとのこと。どんな仕組みやねん。


 一通りのレギュラーメニューは食べ尽くしてしまったので、いまでは日替わりメニューを食べたり、あえてコンビニ弁当を家具店のソファーで食べたりしているとのこと。うーん、ちょっと楽しそうだなそれ。日本でやったら絶対怒られるやつだ。一回やってみたい。


 なんでも好きなように出せるようリクエストしてもよかった気もするが、あまり過剰な要求をするとあの女神モドキの機嫌を損ねる可能性もあるし、なにより自分たちの発想だけではそのうち飽き出すから……という理由でこういう仕様にしたらしい。しかし、あの巨大ロボ形態は過剰要求ではなかったのだろうか?


 このショッピングセンターには、多数のお店が入ったフードコートもあるし、個別の飲食店もいくつもある。しかし、いずれもよくあるチェーン店ばかりで、とがった個人店などは入っていない。チェーン店が悪いとは言わない。むしろ普通に美味しいし味のばらつきもない。しかし、結局のところに美味しい止まりなのだ。


 飲食店経営において主なコストとなるのが家賃・人件費・食材費の3つだ。一度出店してしまったら家賃は下げようがないため、必然的に節約するものは人件費と食材費になる。そのため、調理工程は可能な限り手間を減らす方向になるし、食材も値が張るものを贅沢に使うことはできない。


 低価格でそれなりに美味しいものを、均一な品質で提供する企業努力には頭が下がるが、「もうひと工夫でもっとずっと美味しくできるのに……」という料理が多いのもまた事実なのである。


 というわけで次の料理の準備だ。飲みかけの生ビールを持ったままフードコートの厨房に入る。まずはお腹に溜まるものをと思ってフライドポテトとペペロン枝豆の油二兄弟をチョイスしたが、このままでは口の中が油まみれになってしまってメインとして予定している料理を万全に味わうことができない。本式のコース料理の発想からは外れていると思うが、次はサラダだ。


 始めの料理を作る時に刻んで冷水に浸け置いておいたレタスを引き上げ、よーく水を切る。一口つまんでみるとシャッキシャキだ。やはりレタスを生で食べるならきっちり冷やさないとだな。もうひとつ、流水で戻していた冷凍のボイル小エビのパックを開け、一尾を味見。ほほう、やはりあの味だ。適度な塩味もあり、小さいながらもぷりぷりとした歯ごたえがある。これだけで食べても美味い。


 いまわたしが作ろうとしているのは、日本に来たイタリア人が「本場の味だ」と感激するといわれる某国民的イタリアンファミリーレストランの看板メニューのひとつであるサラダだ。生野菜にボイルされた小エビが載り、さっぱりした味わいが酒の肴にも前菜にもぴったりなアレである。わたしも非常に好きだった。


 だが……、一点だけ不満があったのだ。それは何かというと、「エビが少ない」という点だ。いや、わかる、わかるんだよ。あの値段で提供しようと思ったらさ、エビをドバドバとか無理ですよ。それは知ってるんですけどね。絶対エビがどっさり載ってた方が美味しいって!!


 というわけで、魔改造の開始である。まずは大皿に敷いたレタスの上にエビをどっさり載せる。さらに釜揚げしらす、さいの目に切ったトマトを全体に散らし、高級食材の代表選手たるキャビアを全体に散らす。最初はイクラにしようと思っていたのだが、トマトの赤とイクラの赤がかぶってしまって見た目に面白くない。


 せっかく高級食材も使い放題のチャンスなのだ……というわけでキャビア君の登場である。何度も食べたことがあるわけじゃないので念のため味見をしてみたが、濃厚なとびっ子という感じだ。これならアクセントとして加える分には何の問題もないだろう。


 超速で仕上げたサラダをみんなが待つテーブルに運んでいく。おお、ポテトも枝豆も山盛りで作ったのに、もう半分くらいになってるな。好評で何より。しかし、さすがに油で口がくどくなってきたのか、みんなつまむペースが遅くなっている。ミリーちゃんだけは引き続きの快速特急だが。


「お待たせいたしました。具沢山のシュリンプサラダでございます。どうぞ、こちらでお口直しをなさってください」


 ちょっと気取った感じでテーブルの真ん中にサラダを置き、サーバースプーンとフォークを使って小皿に取り分けていく。自炊していたときはこんな小洒落たことはしなかったが、せっかくならば見た目も美しく味わって欲しい。


 テーブルにはドラム缶ロボに持ってきてもらった各種ドレッシングが並んでいる。これでお好みに味付けをして食べてもらおうという趣向だ。ドレッシングも手作りすることを一瞬だけ考えたが、ドレッシングはなあ……どう工夫しても市販品を超える味のものは作れたことがないんだよなあ……。


 なお、小エビとしらすとキャビアの塩分で最低限の塩味はついているので、ドレッシングはなしでも食べられる。わたしも着席し、取り分けたサラダを軽く混ぜてから口に運ぶ。ふむ、美味し。小エビ、しらす、キャビアの魚介トリオが織りなす動物性の旨味を、トマトに含まれる植物性の旨味と酸味が底上げし、それだけではくどくなりかねないのをシャキシャキのレタスがリセットしてくれる。


 ほほ、即興で作ったにしてはなかなかのものではないかね。アボガドや香味野菜を加えてもよさそうだが、アボガドを加えては油まみれの口をすっきりさせるという役割が果たせなくなってしまうし、香味野菜は人によって好き嫌いが激しい。香り付けの部分は各自お好みのドレッシングで補ってもらおう。


「わぁー! なんだかこれを食べたらまたお腹が空いてきちゃいました!」

「これは遥か西方で獲れる魚介を、それも乾物ではないものを使ったのでございましょうか。なんと奥深い味わい……」

「見た目もおしゃれですね。しらすとトマトがこんなに合うなんて知らなかったです」

「……無限に食べれる」


 わーははー! 大勝利だ! 我が軍はこれで二連勝であるぞ。それではいよいよ本隊の出陣だ。

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