第四十六話 セーラー服を着る権利を本来ならとっくに失ってる人間

 わたしたちはいまおしゃれなで冷たい紅茶を飲んでいる。


 これは比喩ではなく、文字通りのだ。田舎にできると行列ができ、都会ではおしゃれノートパソコンでこれみよがしに作業する人が散見され、やたら長い呪文のようなカスタムメニューが頼めるあのお店だった。


 ここでは瘴気も完全にフィルタリングされているそうなので、マスクも外している。恐る恐る臭いを確かめたが、あの独特の異臭はまったく感じなかった。


 腰くらいの高さのドラム缶にマジックハンドを付けたようなロボットが持ってきたフルーツの香りがするアイスティーを、ミリーちゃんとサルタナさんがおっかなびっくりストローで飲んでいる。二人とも、わたしが飲んでいるのを見て飲み方を理解したようだ。


「※■△みさき△○、××※□□△○」


 ミリーちゃんが話しかけてくるが、セーラー服君がまだおねむなので内容がわからない。わたしは「ごめん、わからない」という意思を込めてジェスチャーを返すと心細そうに肩を落とした。一体ここはどんなところなのか、まったくわからないのだろう。わたしだって、瘴気領域のど真ん中に、いや、この異世界になぜこんなものがあるのかさっぱり想像がつかない。


「お待たせしました。一息つけましたか?」

「あっ、はい。おかげさまで……」


 突然声をかけられ、慌てて返事を返す。いまのは日本語だ。そしてやってきたのはセーラー服を着た二人の女の子。年頃は……リアル女子高生? 一人は両サイドを三編みにしたお下げ髪でメガネをかけている。もうひとりは長い前髪で目が隠れており、メガネの子の後ろを隠れるように歩いている。


「スーパー銭湯もあるので、落ち着いたらゆっくり汗を流してください。でも、その前に少しお話させてもらえますか?」


 メガネの子と目が隠れた子がテーブルを挟んだ向こう側に座る。ドラム缶ロボがまた現れ、すかさずアイスティーをふたつ置いた。


「コーヒーはこっちの世界の人には慣れないらしくて。始めは勝手にアイスティーにしちゃうんですけど、大丈夫でした?」

「あ、はい。もちろん。こんなもの飲めるなんて思わなかったですし」


 メガネの子が微笑みながら気遣ってくれるが、こちらとしては飲み物にこだわれるような心境ではない。何が何やらわからなすぎて、何から聞いていいかわからないのだ。だがしかし、これだけは先に言わなければなるまい。社会人的に考えて。


 席を立ち、ビシッと背筋を伸ばして腰を45度に曲げる。


「お話の前に、危ないところを助けていただいてありがとうございました! わたしは高町みさきと申します」

「あ、いえいえ、私たちも気づかずに巻き込んでしまうところでした。ごめんなさい」


 メガネの子も慌てて立ち上がってペコペコとお辞儀をする。うーむ、これはどう考えても日本人ムーブだ。一通り日本人らしい儀式を終えると、再び席に座る。


「あの、お二人は地球……というか、日本から来たんですよね? つまり、日本人?」

「はい、私たちは日本人です。クラス転移ってわかりますか? そういうものに巻き込まれてこっちに来ました」


 おおー、異世界転移物お約束のクラス転移か。つか、やっぱりあの女神モドキはじゃんじゃんこっちに人間を転移させてるんだな。


「私が聞いた範囲ですが、もう数十万人は転移させてるみたいです」

「……仕入れって言ってた。バンバン死ぬから、って」


 メガネの子が言うと、ずっと黙っていた目隠れの子が言葉をつないだ。それにしても数十万人単位とは……いままで転移者に会わなかったのが逆に不思議なくらいだ。「三十路がセーラー服着てるー」ってぷーくすくすされなくてよかった。つか仕入れって、バンバン死ぬって。人間が消耗品扱いかよ。


「あ、そういえば二人のお名前は?」


 いつまでもメガネの子、目隠れの子では失礼だ。さすがに口に出してはいないけれど。


 わたしが名前を尋ねると、二人は顔を見合わせてちょっと困った顔をした。


「そういえば決めてなかったね」

「……どうでもいい。メガネちゃんに任せる」


 決めてなかったとはどういうことだろう? 転移のときに記憶喪失になっちゃったとか? そういうのもラノベではよくある展開だ。


「ええっと、すみません。日本での名前は捨てることにしてて。たまに来る旅人も神人様だとか巫女様だとか勝手に呼ぶので決めてなかったんです」


 おおう、名前を捨てるとか重いな。事情がありそうだし、地雷を踏み抜きそうだからこの件については突っ込まないことにしよう。


「じゃあ、私はメガネでいいです。メガネちゃんって呼んでください」

「……わたしはどうする?」

「ええと……じゃあメカクレちゃん?」

「……ふふふ、メガネとメカクレ……ふふふ」


 何かが琴線に触れたのか、メカクレちゃんが忍び笑いをしている。笑いのツボがまったくわからんぞ。


「それじゃ、メガネちゃんとメカクレちゃん……と呼ばせてもらっていいんですかね?」

「はい。それでお願いします。あと、敬語じゃなくていいですよ。年上……だと思いますし?」


 メガネちゃんがわたしの顔をセーラー服を交互に見ながら恐る恐る尋ねてくる。あーもう、勘弁してください。どうせ三十路ですよわたしは。セーラー服を着る権利を本来ならとっくに失ってる人間ですよ。


「……三十路……三十路がセーラー服……ぷくく」


 メカクレちゃんが口を押さえ、身体を折り曲げて体を震わせている。あーちくしょう! わかってるよ! 笑えばいいさ! いつかあの女神モドキだけは絶対ぶん殴ってやる!!

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