第四十五話 地下に潜ることさえ許されない終わることのない連撃
大怪獣の横に降り立った白い巨人……いや、もう特撮ロボのほうがしっくりくるな。特撮ロボは、頭部を燃やされて混乱する大怪獣に向かって打ち上げ気味の左フックを放つ。力任せの大ぶりだ。
一見、ノロノロした打撃に見えるが、拳の周辺に円形の雲が発生してる。あー、これあれですね。ソニックブームってやつですね。戦闘機とかが音速を超えると生じるやつですね。スケール感が違いすぎて、速度の目測さえ大幅に誤るレベルなのだ。
音速の打撃はごごーんという重低音とともに大怪獣の脇腹に突き刺さる。うわ、やっば、あの何百トンあるのかもわからない巨体が一瞬浮いた。大怪獣は呻きながらたたらを踏む。そこに一歩距離を詰め、今度は反対の脇に特撮ロボの右拳が突き刺さる。ごばぁっと大怪獣の口から粘液が吐き出される。うっわー、脇腹打ちの二連打。これは効きますわー。って、あの大怪獣に人体構造を当てはめていいのかわからんけど。
突然、わたしの両手が引かれる。ミリーちゃんとサルタナさんが蒼白な顔でわたしを引きずろうとしていた。あっ、まずい。あまりに非現実的な光景に思わず観戦モードに入ってしまった。こんな戦いに巻き込まれたら一瞬でぷちっだ。慌てて立ち上がり、大怪獣vs特撮ロボの戦いに背を向けてよろよろと駆け出す。
駆けている間も、背中から伝わる轟音。身体が浮きそうになるほどの震動は終わらない。たいへん馬鹿みたいな表現で恐縮だが、ぼごーん、どがーん、ずしーんって感じだ。体感したことのない現象に、脳内で理解するための語彙が追いつかない。もし、大砲が無数に撃ち込まれる塹壕の中にいたとしたら、こんな気分が味わえるのだろうか。絶対イヤだけど。
ちらちらと振り返ると、大怪獣はひと目で分かるほどにふらふらになってた。地下に潜って逃げようという素振りは見えるが、そのたびに特撮ロボの拳が撃ち込まれているようだ。ああ、なるほど、それで打ち上げ気味の打撃ばっかりだったのか。地下に潜ることさえ許されない終わることのない連撃だったというわけだ。
『そろそろトドメかな?』
『いや、もうちょっと弱らせておこうよ』
『うん、今回は絶対逃げられないようにしよ!』
特撮ロボからまた女の子ふたりの声が響き渡る。
特撮ロボはその両手で大怪獣の頭を捕まえて引き込むと、今度は猛然と膝蹴りを打ち込みはじめた。腹、腹、腹、腹、腹、腹。大怪獣の腹は元の色がわからなくなるほど変色し、紫にうっ血している。腹、腹、腹、腹、腹、腹。皮膚が破れ、そこから大量の血が溢れる。くの字に折れ曲がった怪物の頭をさらに引き、低い位置に持ってくる。続く膝蹴りは顔面だ。顔、顔、顔、顔、顔、顔。大怪獣の豚鼻が陥没し、血なのか涙なのか胃液なのか、それとも別の何かなのかわからない粘液でまみれていた。
『よしっ! そろそろトドメいこう!』
『おっけー! ド派手にぶっ放しちゃおう!』
特撮ロボは大怪獣の頭を掴んだまま、今度は引き起こす。そしてそのまま頭上へと持ち上げた。なんつーパワーだ。あんな大怪獣、地球上のクレーンを全部集めたって持ち上げられない気がするぞ!?
『我らが安眠をお邪魔せしキモ怪獣め! いまこそ天に代わっておしおきよ!』
『くらえっ! 必殺の! えっと……真紅に燃える七色に輝く漆黒の焼却砲!!』
真紅なのか七色なのか漆黒なのかさっぱりわからない技名を叫ぶと、特撮ロボの胸部装甲がウィィィンと観音開きになる。そして両手で吊り上げられたままの大怪獣に向かって、真っ白な光線が打ち出された! 怪物の胸から腹にかけてまで覆い尽くす極太の光線は、そのまま彼方の空に向かって伸びていく。こちらにまで熱波が届き、思わず腕で顔を覆い、目をつぶってしまう。
『よっし! おしおき完了! 正義は勝つ!』
『うん、やっと完全に仕留められたね』
女の子たちの声が響き、恐る恐る目を開くと、そこにあったのは大怪獣の生首を掴んだ特撮ロボだった。足元には超巨大なミミズ状の大怪獣の下半身が転がっている。腕や胴体は先ほどの光線で跡形もなく消し飛ばされたのだろう。どういう威力やねん。
『じゃ、ひと仕事終わったし帰ろっか』
『あ、ちょっと待って』
特撮ロボは大怪獣の生首をその下半身の上に置くと数歩下がった。もちろんずしーんずしーんという地震なみの震動付きだ。
『卵とか残ってたらやだし、このまま残したら腐ってすごいことになりそう』
『なる、環境汚染的な。そしたら汚物は消毒だーッ!』
特撮ロボの口に当たる部分がガバっと開き、消防車のノズルのようなものが突き出してくる。そして次の瞬間猛火が吹き出し、大怪獣の残骸を包み込む。すさまじい熱波。たまらず逃げる足を止めてその場にうずくまる。「水霊様!」サルタナさんの祈りの声が聞こえると、身を焼いていた熱波が弱まる。水の膜を張って熱波を防いでいるようだ。咄嗟の判断力がすげえ。
しばらくじっとしていると、徐々に気温が下がっていくのを感じる。特撮ロボが火炎放射をやめたのだ。後に残っているのは消し炭になり、黒煙を上げている大怪獣の死骸。うわー、あの煙吸ったら絶対身体に悪そうだよ。
『あ、やば、あっちに人がいたっぽい』
『え? ホントに?』
特撮ロボがこちらに顔を向け、ずしーんずしーんと近づいてくる。特撮ロボは人類の味方であるというのが日曜の朝的にはお約束であるが、この世界ではどうなのかわからない。「くくく……見られていたとはな。悪いが目撃者には消えてもらう」とか言い出す可能性も否定できない。逃げたいが、移動速度が段違い過ぎる。
日本語を話しているし、彼女らも転移者である可能性は高い。同じ日本人を平気で殺せる異常な感性の持ち主なんてそうはいないだろう。……いないよね? とにもかくにも、こちらに敵意がないことと、日本人であることを示さなければ! それがこの場を生き残る一番確率の高い策だ!
「特撮ロボさーーーーん! 助けてくれてありがとーーーー! わたしー、日本人ですーーーー!」
喉も裂けよというばかりに必死に叫ぶと、特撮ロボの歩みが止まった。こちらの声は聞こえただろうか? 敵意がないことを示すために、両手を上げて振り続ける。特撮ロボの顔がごごごごごんと音を立てながら傾けられる。これは、首をかしげる動作か?
わずかな沈黙を置いて、特撮ロボから女の子たちの声が聞こえた。
『え? なんでセーラー服? セーラー服なんで?』
『血まみれセーラー服とかめちゃサイコなんだけど……』
あばばばば、恥っず。最近完全に馴染んじゃって忘れてたけど、わたし三十路セーラー服女でした。おまけにデカブツの返り血を全身に浴びたままだったじゃねえか。
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