第四十四話 眠りを邪魔するやつはこのメガネチャンダイオーが許さん!

 セーラー鎧が光の粒子になり、元のセーラー服へと戻る。全身の力が抜けて思わずへたり込む。うわ、べちゃって。血まみれのデカブツの顔の上に座ってしまった。凹むわー。ふらふらと立ち上がり、地上波アニメならモザイク必須の何かから飛び降りる。以前セーラー鎧モードが終わったときは気絶してしまったが、いまではわたし本体も体力がついたのだ。そんな情けないことにはならない。


 あ、つかこれちゃんと死んだよね? このあと背後から襲ってくるとかないよね? 振り向いて確認してみる。泥縄の硬化はすでに解けており、怪物の全身に残った湿った土にだけその形跡が残されている。拘束が解けても動き出す気配はない。死亡確認である。


 ……あれ? いまあっちの触手がぴくって? いやいやいや、死後硬直とか目の錯覚とかそういうやつだ。そうに違いない。


 自分に言い聞かせつつ、身体に鞭打って二人のところに戻る。ミリーちゃんもサルタナさんもかなり疲弊しているようで、地面にへたり込んで荒い息をついていた。


「○△みさき×※×、×□※※×■■?」

「○※×■みさき、□※△■※×■○」


 あー、しまった。セーラー服君が寝てると言葉がわからん。スカーフをちょいちょいと引っ張ってみるがまるで反応がない。そりゃそうっすよね。さっきエネルギー切れになったばかりだ。セーラー服君が再起動したら、辺境出身だから実はこのへんの言葉わかんなくて、魔道具的なアレで翻訳してたんですーということにしてしまおう。いやあながち間違いではないのか。


 ともあれ、こんなところに長居はしたくない。少し休憩したら身振り手振りで移動を提案……あ、待て。動くよりもこの場にいた方がいい可能性も? あのデカブツは地潜りゴブリンの天敵だったわけだし、しばらくはこのへんには近寄ってこなそうな気もする。


 あれこれ考えつつ、とりあえず口の前でバッテンを作って「あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ」とか言ってみる。続けてセーラー服を引っ張って、首を振る。そして再び「あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ」と言うとなんとなく納得したような顔になってくれた。さすがは奇跡も魔法もある世界。異常事態への順応が速い。いや、魔法はともかく奇跡があるかは知らんけど。


 とりあえずちょっと休もーぜーということで腰を下ろす。全身デカブツの返り血でドロドロだが、致し方ない。とにかくいまは体力の回復が優先だ。意図を察した二人も腰を下ろす。


 ……と、その直後、地面がぐらぐらと揺れだした。地響きとかそういうレベルではない。完全に地震の域だ。三人とも慌てて立ち上がる。そういえばこの世界に来てから地震を経験したことはない。何をしゃべってるかはわからないが、サルタナさんもミリーちゃんも明らかに戸惑っている。慣れた現象ではないということだ。もしこれが地震でないとしたら……嫌な予感が止まらない。


 デカブツの方を振り返って確認するが、あれから動いた様子は見られない。仮にアレが生きていたとしても、こんな現象を引き起こせるとは思えないが……。


 目をすがめてデカブツを観察していると、唐突にその体が上に盛り上がる。いや、違う。地面ごと盛り上がっている。続いて地面が裂け、そこから現れた巨大な口にデカブツが飲み込まれる。その口の主はそのままズルズルと地面から這い出し、ついにはその全容をあらわにした。


 は? え? は? なんすかこれ?


 眼前に姿を表したのは、デカブツをさらに何十倍にも大きくしたような怪物だった。もはや生物というより建築物と言ったほうがふさわしいスケール感。頭部を見上げれば首が痛くなるほどの巨大なだった。


「なにこれ……完全に詰んだじゃん……」


 あまりの規模感の違いに、一瞬頭が真っ白になる。そして直感する。さっきのデカブツはこの瘴気領域の主などではなかったのだ。ホンモノはこっちだ。こいつの前では、あれだけ苦戦したデカブツでさえ、単なるエサに過ぎなかったのだ。


 逃げても無駄だろう。これだけ大きさが違えば、移動速度も比較にならない。じっと黙って身を小さくして運の神様に祈り、気づかず去ってしまうことを願うしかない。だいたいそうだ。わたしたちなんてこの大怪獣から見たらアリのようなものだろう。わざわざ狙って襲っても腹の足しにもならないはず。だからあいつを刺激しなければ見過ごされる可能性は高い。きっとそうに違いない。


 平静を保つために心の中で楽観的な予測をいくつも並び立てる。怪物の首がゆっくり回り、辺りを見渡している。デカブツが死んでいたことに不審を覚えているのか。頼む、こっちを見るな。気が付くな。いまのでお腹いっぱいだろ? 頼むからもう帰ってくれ!!


 ……あ、目が合った。


 全身の血がさっと引く。怪獣が地面を揺らしながらこちらに進んでくる。デカイからゆっくりに見えるが、実際はわたしの全速力よりも速いだろう。おそらく、わたしたちの命が終わるまでもう数十秒もない。あはは、終わったわ。高町みさきの異世界転移物語、これにて完でございます。


 完全に諦めモードに入った瞬間、怪物の頭で爆発が生じる。怪獣の頭が紅蓮の爆炎に包まれる。


 なになになになに今度はなにぃぃぃいいい!?


 ずしぃぃぃんといかにも重そうな音を響かせて、白い大巨人が天空から舞い降りた。いかにも硬質で角張った体型は巨人というより巨大ロボだ。背中には金属を組み合わせて作ったような翼があり、両肩にはキャノンのようなものが載っている。いやこれ、完全に特撮ロボットとかそういう系のやつだよね? 世界観完全に崩壊してませんかね!?


 もうパニックを通り越して頭の中が真っ白だ。思考が横っ飛びして意味のないことしか考えられない。そして次に耳にしたが、わたしの混乱にさらなる拍車をかける。


『出ましたねっ! この安眠妨害怪獣!』

『近隣の皆様の、そして主に私たちの眠りを邪魔するやつはこのメガネチャンダイオーが許さん!』


 セーラー服の自動翻訳なしでも理解できる。特撮ロボットから発せられると思われる二人の女の声は、だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る