第四十二話 地潜りゴブリンの十倍はキモいし怖い

 体高は普通の地潜りゴブリンの軽く数倍以上。ブタを直立させたような大まかなシルエットは変わりないが、全身のあちこちからミミズのような触手が生えてのたくっている。そして何より普通と異なっていたのは下半身だ。腹のあたりから下が乾いたミミズのような形状になっており、不気味に蠕動ぜんどうを繰り返している。均等な間隔で体節があり、その隙間からは尖った針のような剛毛が不規則に突き出していた。その先は地面に隠れたままであり、全身は確認できない。


 率直に言って、地潜りゴブリンの十倍はキモいし怖い。


 呆気にとられながら観察していると……あ、まずい。そんなことをしている場合じゃない。


「ひとまず! 逃げよう!」


 二人に声をかけつつ、さっさと駆け出す。残り二匹の地潜りゴブリンたちはそれぞれ進路を変えて逃げ去っているからそちらを追ってくれればいいが、あの怪物の標的がこちらに移ったらたいへんだ。なんかさっき一瞬目が合った気もするし。気のせいかもしれないけれど。気のせいだといいなと思うけど。


 全力疾走しながらちらちらと振り返って確認すると、先ほどの怪物の姿はもうどこにも見当たらない。地面に潜ったのか?


「セーラー服! 探知できる!?」

「巨体の割に震動は微弱ですが可能ですね。こちらに向かって真っ直ぐ地中を進んでいるようです」


 のおおおおお!! なんでこういう悪い予感ばっかり当たるかな!? 何事もなく瘴気領域を抜けました。めでたしめでたし、ちゃんちゃんとはならないのか!?


「ご主人、もうすぐ追いつかれます。小生が合図に合わせて右に飛んでください」

「りょぉぉぉおおかいぃぃぃいいい!」


 あんなのに地下からいきなり襲われたら手も足も出なかっただろう。いてよかったぜ、セーラー服君。みんなも異世界転移するときはセーラー服を忘れんなよ!


 くだらないことを考えて恐怖を打ち消しつつ、ミリーちゃんとサルタナさんに手が届くよう位置取りを修正する。


「もうすぐです。3、2、1、いま!」


 セーラー服君の合図とともに、二人を掴んで横に飛ぶ。背後から風圧。転げそうになりながらなんとか着地。振り返るとそこには土煙の中に立つ見上げんばかりの巨体があった。必殺の奇襲を外されて悔しいのか、ブギィィィイイイ!! と濁った雄叫びを上げている。


「ご主人、移動速度から計算しますと、この怪物から逃げ切るのは不可能かと。また、天突あめつく岩に現れた瘴気領域の主以上の巨体から推測するに、この個体がこの瘴気領域の主である可能性が一定以上あります」


 あーそーっすかー! ボスモンスターでしたかこいつ! 全力で走って追いつかれたんだから、逃げられないのはわかってたけどさぁぁぁあああ!


 一度深呼吸をして思考を逃げから攻めに切り替える。デカブツは今度は地面に潜らずそのままこちらに向かってくる。


「二人は下がってて!」


 二人が即座に遠ざかる。自分で言うのもなんだが、この中ではわたしがダントツで戦闘能力が高い。無理に近くで戦えば足手まといになりかねないと納得してくれたんだろう。


 デカブツが頭から突っ込んでくる。警戒心などまるで感じられない。完全に獲物を狩る動きだ。


「パワーアシスト、最大ね」

「了解、ご主人」


 セーラー鎧モードはまだ解禁しない。あれはエネルギー切れになるまで解除できないというピーキーな代物だ。安易には使えない。なんでそんな馬鹿な仕様にしたのか。女神モドキに聞くことができたとしても、「変身ってそーいうものじゃないー?」とか平気な顔で言い放ちそうだ。女神モドキに湧き上がる怒りを闘争心に置き換えていく。


 怪物の巨体が迫ってくる。視界がデカブツの巨体でいっぱいになる。吹き飛ばされる自分の姿が一瞬脳裏をよぎる。デカブツの皮膚のしわまでくっきり見える。まだ早い。次の瞬間には激突している。まばたき一回分待て。腕を伸ばせば届く距離。いまだッ!


 頭から突っ込んできたデカブツをギリギリで躱し、すれ違いざまに横っ面に戦鎚を叩き込む。分厚いゴムタイヤでもぶっ叩いたかのような衝撃。怪物が体当たりの勢いのまま、わたしの後ろをごろごろと無様に転がっている。今度は全身を地面から出していたようで、ミミズ状の下半身の先まで確認できる。先端は解れたロープのようになっており、無数の触手がうねうねと蠢いていた。うわ、鳥肌立つわ。


 初手の奇襲を外し、二手目の攻撃まで躱され、あまつさえ反撃さえ受けたデカブツはこちらに顔を向け、わたしをにらみつけるように、ふしゅる、ふしゅると鼻から息を吐いている。あらまあ、怒ってらっしゃる。そして先ほどの一撃はそれほどのダメージにはなっていなかったようだ。普通の地潜りゴブリンと同様、眉間以外は分厚い脂肪層で守られているのかもしれない。


 再び突っ込んできたデカブツをかわし、打つ。かわし、打つ。なんとか眉間を狙おうと試みるが、激しく動くためになかなか決まらない。やがて頭から突っ込むのをやめたデカブツがしっぽを振るう。後方に跳躍して大きく距離を取る。真上に飛んで、空中にいる間に攻撃されたら避けようがない。若干の距離を開けてにらみ合う。手強い獲物なのはわかっただろうし、これで諦めて帰ってくれないだろうかと淡い期待を抱く。


 数呼吸ほどのにらみ合いのあと……怪物は大きく伸び上がったかと思うと、その反動で頭から地面に飛び込んで姿を消した。あれ、もしかしてほんとに諦めてくれた系?


「ご主人、まだ周辺の地中を動き回っているようです。隙をうかがっているのでしょう」


 ですよねー。儚く消えた希望的観測に、思わずため息をついた。

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