第四十話 投げると煙とともにおうちが出てくる謎のカプセル

 野営と言っても、投げると煙とともにおうちが出てくる謎のカプセルもないし、女ひとりでも簡単に張れるテントのような便利グッズもない。毛布を敷き、そこに寝転がって疲れを癒やすだけである。


 わたしが背負っていた毛布を広げようとすると、ミリーちゃんがちょっと待ってくださいね、と止めてきた。ミリーちゃんは地面に手をかざすと、「地霊様……お願いします」とつぶやく。おお、これはひょっとして魔法的なことをしているのか。


 何が起きるのかとドキドキしていると……ありゃ、何も起きないぞ? こういうのはパァーッと光って石造りのおうちが出来上がってたりするんじゃないの? もしかして失敗したのかな。


「さ、みさきさん。ここに毛布を敷いてください」


 しかし、ミリーちゃんは意に介した様子もない。ドワーフに伝わる野営の時のおまじない程度のことだったのかな。言われたとおりに毛布を敷き、腰を下ろす。


「あれ? なんだか柔らかい?」

「はい、地霊様にお願いをして、ここの地面を柔らかくしてもらったんです」


 ほほー、地味ながらそれは助かるなあ。日本時代、キャンプブームに毒された友達に無理やり連れられて山に行き、寝袋で地面に直接寝たことがあるがあれは辛かった。地面から冷えが伝わってくるし、硬くて寝心地が悪いなんてものではなく、朝起きると全身がバッキバキになるのだ。


 それに比べると、ミリーちゃんが柔らかくしてくれた地面はウレタンマットのような弾力で実に丁度いい。なるほど、地潜りゴブリンが使っていた魔法的な何かも、この延長線上にあるのだろう。


「これだけのことを一瞬でできるとは。さすがはミリー様も天突あめつく岩の氏族の一員でございますね」


 毛布越しに伝わる地面の感触を確かめながらサルタナさんが感心している。地味ながら魔法としてはなかなか高等なことをしてたってことだろうか。でも、土魔法っていうと石壁を作って防御したり、石弾を飛ばして攻撃するようなイメージがあるんだけどな。


「オババ様ならきっとできると思いますけど……私じゃまだまだ力不足で」


 あ、いかん。ミリーちゃんが少ししょげてしまった。そういうつもりじゃなかったんだよ。ほら、この鶏ジャーキーをお食べ。


「地霊様は留まり固まる性質が本分でございますからねえ。それを動かすのは並大抵のことではございません。それにミリー様もこれだけ地面を柔らかくできるのですから、逆であれば鉄のように硬くできるのでは?」

「はい! お父さんの槌でも砕けないくらい硬くできます!」


 岩ゴブリンの頭を軽々粉砕していたローガンさんの戦鎚を思い出す。あれでも砕けないというのはすごい。そして地面というのは戦闘時には凶器にもなる。鉄のように固くなった地面に転ばされたら、それだけで大怪我は必至だろう。


「反対に水霊様は流れ変わりゆく性質を持ちますので、このような芸がしやすいのでございます」


 サルタナさんが上に向けた手のひらから一筋の水が重力に逆らって伸びていく。やがて三方向に別れ、夕食の準備用に並べていた三人分のカップにそれぞれ注がれた。すごいな。新手のイリュージョンでも見せられている気分だ。


「そういえば、ミリーちゃんも前にお風呂でわたしの水人形を作ってくれたよね?」

「はい。でもあれは天突く岩だからできたことですね。これだけ離れてしまうと地霊様の力も弱まるので、他の精霊様を従えるほどのことはできないです」


 なるほどなー。そういえば、あの岩山にいるだけでドワーフは常時バフ強化がかかっているようなものだったんだっけ。もう相当離れちゃったけどミリーちゃんの体調とかは大丈夫なんだろうか?


「少し身体が重いような気はしますけど、これくらいならぜんぜん問題ないです!」


 それならよかった。地潜りゴブリンとの戦いを見ても動きが悪くなっているようには見えなかったし、要らない心配だったようだ。


 続いてサルタナさんが荷物から鍋と布で包まれた何かを取り出す。そして布から取り出した黒い石ころのようなものをバキバキと踏みつけだした。え? え? 急にどうしたの? 嫌な思い出でもフラッシュバックした??


 ミリーちゃんも目を丸くして突然奇行に走りはじめたサルタナさんを見ている。わたしたちの視線に気が付いたのか、サルタナさんが石を踏みつけるのをやめて足をどかした。


「ああ、みさき様もミリー様もご存知ありませんでしたか。これはこのような野営をするときには大変便利なものでございまして……ほら、ご覧ください」


 踏まれて粉々になった石が赤く光っている。手を近づけると……おお、あったかい。赤熱していたのか。


「精製前の火霊石でございますね。強い衝撃を与えて砕くと、このように一定の間熱を放つのです」

「へえー。お台所で使ってた火霊石って、元はこんなものだったんですね」


 ミリーちゃんの反応を聞いて、ドワーフ村の調理場で使われていた真っ赤に燃える石を思い浮かべる。あれが精製後の火霊石というやつだったのか。てっきりあれも地霊様の謎パワー由来だと思い込んでいたのだが別物だったようだ。


 サルタナさんは赤熱する石の上に鍋を置き、そこにまた魔法で生み出した水を注ぎ入れる。そして続いて荷から取り出したのは何やら乾燥したブロック状のものだ。


「これは乾燥させた野菜を押し固め、塩などで味をつけたものになります。一応、そのまま食べることも可能ですが、このように湯で戻してスープにするのが普通ですね」


 干し野菜ブロックを鍋に入れて待つこと数分。さっそく湯が沸きはじめた。くんくん、ほう、なかなかいい香りだ。湯で戻りやすい食材を使っているのか、具材はもうバラバラにほどけて鍋の中に拡がっている。


 カップに残っていた水を飲み干し、できたてのスープを全員で取り分ける。ずずっと一口飲んでみると、日本で食べたフリーズドライのスープを思い起こさせる味だ。なかなかいける。野菜も複数種類が入っているようで、微妙に歯ざわりが違って面白い。おや、このシコシコした食感のはキクラゲっぽいな。キクラゲは大好物だからありがたい。ちょこっとだが干し肉を細く割いたものも入っていて、たまにそれが口に入ると「当たった!」という気分になる。


 そしてスープのお供になるのは石パンである。せっかくスープがなかなかのお味なのに石パンと一緒というのはテンションが下がるが、野営とあっては贅沢は言えない。麓の街の食堂がしたように煮込めばマシになるとは思うが、この石パンにそこまで水分を含ませるのにどれだけ煮込めばよいのかわからない。旅の途中でそんな悠長な実験をするわけにはいかないだろう。


 ちなみに、ここに来るまでに食べた道中の食事も基本的に石パンである。顎が丈夫になってしまいそうだ。


 そんなわけで、記念すべき異世界野営初日は、ガリガリボリボリの食事とともにはじまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る