第三十七話 瘴気領域って一体何なわけ?

「女三人で旅たぁ、見た目に似合わずずいぶんと肝が座ってやがるんだなあ」

「おう、まったく物騒だ。なんならおれたちを護衛に雇わねえか?」


 酔っぱらい冒険者たちの席に合流すると、さっそくそんな声をかけられる。


「もちろん他にも旅の仲間はおりますよ。用を済ませている間、わたくしたちだけで食事をしていた次第でございます」


 非実在男性仲間の存在をちらつかせるセリフをサルタナさんが返すと、酔っ払いたちのテンションがちょっと下がったようだ。うーむ、手慣れている。


「なんでえ、男連れかよ」

「まあこんな美人のねえちゃんが酌してくれるんだ。それだけでもありがてえってもんよ」

「ふふふ、まったく光栄でございますわ」


 サルタナさんが男たちが差し出す杯に次々と酒を注いでいく。一杯飲むごとに、男たちの機嫌は増していくようだった。


「わたくしどももこちらに来たのは久方ぶりでございまして。そちらの御方はたいそう立派な腕輪をされておいでですが、最近の流行りでございましょうか?」

「いや、こいつは流行りなんてもんじゃねえ。おれが瘴気領域まで出張ってな。場所で手に入れてきたもんよ」

「なんと、瘴気領域にそんなものが」


 酔っぱらいは自分の戦利品がよほど誇らしいのか、自慢気に左手に巻いた腕時計を見せつけてくる。


「こいつはすげえ代物でな。ほら、この針を見てみろ。ずっと同じ調子で動いてるだろ? こいつはな、次の雷鳴の刻までどれくらいあるのか、ぴたりわかっちまうのよ」


 腕時計を観察すると、どうやら高価な機械式時計のようだった。どこかで見覚えがある。日本にいた頃に、伊達男気取りの会社の役員がつけていたものに似ているような……。どうしてそんなものがここにあるんだ?


「持ち帰れるお宝は二つだけだったからな、片方は宝石にして、そいつを売り払ってきたってわけさ」

「あの、いったいどんなところで手に入れたんですか?」


 口を挟んだわたしを酔っ払いが見返してくる。


「こんなちっこい嬢ちゃんまで連れて旅するたあ、ご苦労なこった。こいつはな、瘴気領域の中でが見つけた白い神殿で見つけたもんよ」


 ちっこいは余計だ。それにわたしは三十路である。ともあれ、そんなところに引っかかってはいられない。


「日本とか、地球とか、聞き覚えありますか?」

「ニホン? チキュウ? 聞き覚えがねえなあ、なんだそりゃ」


 風体から言って違うだろうと思っていたが、この酔っぱらいが異世界転移者で、腕時計を持ち込んで来たというわけではないようだ。


「その白い神殿ってどんなところだったんです?」

「ああ、そりゃあとんでもねえところだった。皇都の城なんかよりずっとデカくてなあ……。真っ白でつるつるしてて、ドワーフの石工を何百人集めたってあんなものはできねえだろうよ」

「ドワーフに作れないものなんてありません!」


 ドワーフを引き合いに出されてむっとしたミリーちゃんが反論する。


「おお……ああ、お嬢ちゃんはドワーフだったのか。そりゃすまなかったな。いまのは言葉のあやだ。そんぐれえとんでもないもんだったと思ってくれよ」


 酔っ払いは、「噂にゃ聞いてたが、ドワーフ女ってのはとんでもねえんだな……」とどこかで聞き覚えがあるようなセリフを小声で続ける。視線の先はミリーちゃんの重厚なる胸部装甲に向かっている。こら、見るな。見料取るぞ。


「だがよ、いくらドワーフでもこんなのは作れねえだろ?」


 と再び腕時計を見せつけてくる酔っぱらい。ミリーちゃんはそれをまじまじと観察した後、むくれたようにむーんとうなる。ドワーフ村では様々な細工物も作っていたが、さすがに腕時計は作っていなかった。


「これほどの品、名高い魔道具士の手によるものでしょうか?」

「さあな。おれも誰が作ったまでは聞いてねえよ。それにこいつは魔石なしで動くんだ」

「魔石もなしに! それはますます珍妙な……」


 機械式時計はゼンマイ式だ。ネジを巻けば動き続けるだろう。そして、魔石とはドワーフ村にあの怪物が現れた原因と疑われた瘴気石のことだ。いまのところ魔石を使った道具はサルタナさんの爆発するナイフしか目にしていないが、「魔力」なるものを生み出すエネルギー源として様々なものに利用されているらしい。


ってことは、それは誰かからもらったものなんですか?」


 わたしのセリフを聞いて酔っ払いが一瞬目を丸くする。散々勿体つけてくれたが、要するにもらいものなのだ。手に入れただの、見つけただのと言ってはいたが、自分の活躍を盛るための話だったようである。


「見かけによらず耳ざとい嬢ちゃんだな……。ああ、言うとおりだよ。その神殿に二人の奇妙な女が住んでてな。年の頃は嬢ちゃんと同じくらいか。そいつらにもらったもんだ」


 見栄を張るのが面倒になったのか、それからの酔っぱらいは無駄に回りくどい話し方をすることもなく、素直に話してくれた。なんでも、瘴気領域の周辺に出る魔物を狩ろうとしてあちこち探索する途中、手に負えない数の魔物の襲撃にあい、逃げ回っている途中にその白い神殿にたどり着いたのだそうだ。


 神殿の中では二人の他に無数のゴーレムが使役されており、広々とした風呂、これまで味わったことがないような美味い食事を振る舞われ、まるで雲で寝そべっているかのようなすべすべでふかふかな寝台で眠った、とのことだった。ゴーレムは樽に細い金属製の腕を生やしたようなもので、自称経験豊富なベテラン冒険者の酔っぱらいでもこれまで目にしたものがないようなものだったそうだ。わたしはゴーレムなるものをまだ目にしてないからそのレア加減がまったくわからんけども。


「それにしてもあのメシは信じられなかったな……。あんなうめえものは生まれてこの方食ったことがねえ……」


 神殿で味わった料理の味を思い出したのか、酔っぱらいがじゅるりとよだれを啜る。そしてそれにもう一度じゅるりという音が重なる。こっちはミリーちゃんだ。ろくな描写もないのにそれだけでよだれを垂らすのはやめなさい。


「それで、お土産にもらったのがその腕時計……腕輪ってことですね」

「ああ、そうだ。神殿の中で一番値が張るもんがこれだって聞いてな。片手に一個ずつ、持てるものしかダメだって言われてよう。正直、こいつの価値はよくわからねえが、もう一個の宝石がけっこうな値で売れたぜ」


 懐の重みを思い出したのか、酔っぱらいがぐへへと笑う。


「しかし、その情報は冒険者としての稼ぎのタネでございましょう。かようにお話いただいて問題ございませんので?」

「根掘り葉掘り聞いてきたくせにいまさらだな……。別にかまいやしねえよ。場所ははっきりわからねえが瘴気領域のど真ん中だ。稼ぎにはなったがよう、おれはもう二度と行く気はねえ」


 うはー、瘴気領域ってそんな危険なところなのか。この手の人は欲に目がくらんでリスクを省みずにそういうところに突っ込んでっちゃうイメージがあるけど。改めて見ると革鎧もかなり使いこまれているようだし、実は凄腕のベテラン冒険者なのかもしれない。


 あ、っていうかさ。超いまさらな疑問なんだけど、瘴気領域って一体何なわけ?

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