第三十五話 いやこれ昇天の準備をしてるだろ

「いやぁぁぁあああ無理ぃぃぃいいい止めてぇぇぇええええ!」

天突あめつく岩に宿りし偉大なる地霊様……どうか御身許に送られしときは憂いなき安息をお与えください……」

「はっはぁー! ひさびさで悪かったなぁ! 地を這う稲妻号よ! いまこそあらゆる鬱憤を晴らして大地を駆け巡るのだッ!!」


 悲鳴を上げているのはわたし、高町みさき満三十歳である。享年になる可能性も現在進行系でやや存在している。そして地霊様に祈っているのがドワーフのミリーちゃん三十歳。ただし見た目は赤髪のKカップJCアイドルである。そして御者台に座り、小型の馬車を牽く六本足のウマを駆っているのが青髪のハリウッド女優のようなサルタナさん、おなじく三十歳である。


「商会の馬車」ではなく、「わたくしの馬車」と言っていたところからどうも嫌な予感がしていたのだ。サルタナさんに着いて案内された馬車は、御者台の他には二人分の座席に、わずかな荷が載せられるだけのスペースがついただけの客車だった。


 そしてそれを牽くのは漆黒の毛並みを誇る巨大な六本足ウマ。周りを見渡してもこんなにでかいウマはいない。体高で言うと五割増し以上はある。単純に考えると、体重はその三乗に比例するはずだから、普通のウマが500キロだとして……1.5トン以上という計算になる。なんだよそれ、世紀末覇者とか戦国時代一の傾奇者とかが乗ってるやつじゃないのか。


 そんなサルタナさんの愛馬であり怪馬である「地を這う稲妻号」に牽かれて我々は街道を驀進ばくしんしているのである。


「ちょっ、ちょっ、サルタナさん!? こんなにしてまで急ぐ必要あるんですか!?」


 客車から必死に叫ぶとサルタナさんが御者台から振り返る。


「はい、次の天が灰色に染まる刻までは時間が限られてございますからね。少なくとも北の雷鳴が響くまでには、2つ先の街まではたどり着きたく存じます」


 その表情は普段どおりのクールビューティそのままだ。その涼やかな笑顔が逆に怖い。


「少々揺れが激しいのは申し訳なく存じますが、それも馬車の醍醐味の一つ。この爽やかな風と共にどうかお楽しみくださいませ。いくぞッ! 地を這う稲妻号! まだまだいけるはずだッ! お前ならきっと風になれる!!」


 サルタナさんが軽く手綱を振ると馬車がますます加速する。客車の上下動もますます激しくなる。なんとかサルタナさんを静止したいが、下手に口を開くと舌を噛みそうで言葉を発するのも難しい。ミリーちゃんももはや地霊様への祈りの言葉を捧げるのをやめ、穏やかな表情で両手を組んだままその重厚なる胸部装甲を揺らしている。いやこれ昇天の準備をしてるだろ。


 そう、いまさらな説明にはなるのだが、サルタナさんは重度のスピード狂だったようなのだ。女三人で急遽きゅうきょ出立することについて色々な理屈をつけていたが、いまとなってはそれも怪しい。この小型の馬車はまるで地球のF1エフワンカーを思わせる流線型をしており、荷物が積めるスペースもわずかで、どう考えても交易用ではない。そして全体的にピカピカで、ろくに走らせたことがある形跡を感じさせない。


 おそらくではあるが、サルタナさんはこの馬車の試走がしたくてしたくて仕方がなかったのだろう。御者含め三人乗り、先を急ぐ旅ともなれば、これを使う口実として申し分がない。


「一応っ! 申し上げてっ! おきますがっ!」


 何かを察したのかサルタナさんが御者台から叫ぶ。さすがにこの震動でいつものクールな口調を保ち続けるのは無理なようだ。


「これはっ! わたくしの趣味というだけではなくっ! 旅の安全をっ! 考えたものでもっ! あるのでございますっ!」


 あー、趣味というところは否定しないのか。まあたしかに、このガックンガックン揺れることさえ我慢をすれば、この速度だけでも旅の安全は保証されているといって差し支えないだろう。先ほどから追い抜いたり、すれ違ったりしている馬車旅の人たちがみんな目を丸くしているくらいだ。


 魔物にせよ野盗にせよ、こんなのをまともに追いかけることは不可能だろう。


 麓の街から西に抜けた街道はよく整備されていて、日本で例えるなら二車線の国道くらいの道幅がある。轍が四本きれいに刻まれているところから、馬車の車輪の幅はどうやら規格的なものが定められているようだ。サルタナさんの場合は、さっきからそれをガンガン外れて次々に追い越しをしているけれど。


 街道は、アスファルトはもちろん石畳的なものでも舗装されておらず、踏み固められていそうだが裸の土のままだ。地を這う稲妻号が巻き上げる土埃によって全員が土気色に染まっている。普通にしていたら、呼吸すら辛い状況である。わたしはセーラー服君が土埃をカットしてくれるからノーガードだが、サルタナさんとミリーちゃんは口元を手ぬぐいで覆っている。まるで西部劇の強盗のようなスタイルだ。


「みさき……さん……口の中……じゃりじゃりですぅ……」


 途切れ途切れの弱音をこぼすミリーちゃんの口の手ぬぐいをどけ、わたしが持っていた鶏ジャーキーの一片を突っ込む。餞別として買い出し班のみんなから集めた鶏ジャーキーは、馬車に乗る前にすべて食べつくしてしまったようなのだ。


「もぐもぐ……ふわぁああ……やっぱりこれおいしっ、あっ、いいっ……ですね。もっといっぱいっ、いっぱい、ほしっ、ほしぃですぅ」


 口の端からよだれを垂らしつつ、恍惚の表情で胸部装甲を揺らすミリーちゃん。馬車の振動が大半の原因であるのは色々な意味で間違いないのだが、色々な意味で困った大人たちを引き寄せるからやめたまえ。頼むからやめたまえ。


 そうこうしているうちに、ようやく次の街が見えてきた。

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