第三十四話 爬虫人類大家族計画
「それで嬢ちゃん、明日はどうするんだ?」
「うーん……そうですねえ……」
「みさきさん! やっぱりこれそのまま食べるよりずっとおいしいです!」
門の前でサルタナさんと別れたわたしたちは、出発前に立ち寄った食堂に戻っていた。もう北の雷鳴の刻も近いので夕食である。
給仕のお姉さんはわたしの料理のアイデアを素直に試してくれたらしく、試作品ということで石パンをスープで煮た品を出してくれていた。食感はたとえるなら高野豆腐。石パンのままガリボリするよりはずっとマシだが、ざらざらした食感がどうもスープに合わない。むう、もう一工夫いりそうだ。
って、料理のことを考えている場合じゃない。慌てて言葉をつなぐ。
「まあ、引き受けるしかないですよねえ」
ついつい
ローガンさんの表情が若干曇っている。ミリーちゃんがサルタナさんの試しを受けることに同意したとはいえ、こんなに慌ただしく旅に出ることになるのは想定外だろう。しかし、そもそもなぜローガンさんはミリーちゃんがこの旅に同行することを承知したんだろうか。
「おれら
ローガンさんがぶっきらぼうに言う。日本でわたしのリアル妹たちが結婚すると聞いた時の父親の態度を思い出してちょっとクスリとしてしまった。どこの世界でも、父親というのは愛娘が手元を離れるのに抵抗を覚えるものなんだろう。
そんなことを話している間に買い出しを終えた他のみんなが返ってきてガヤガヤと食事を始めた。煮込み石パンに多少戸惑っていたが、「あのガチガチをそのまま食うよりずっとマシ」ということでおおむね好評のようだ。店側も今回はまだ試作の段階だし、これからどんどん味の改善が進んでいくだろう。旅から帰ってきたときにどんな料理になっているかを想像して少しわくわくする。
そんなこんなで翌日の東の雷鳴の刻。わたしとミリーちゃんは西の門へ向かっていた。実際のところ、食料や水の心配がなければ旅支度なんてものはわたしたちにはほとんど必要ないのだ。
わたしは良くも悪くも……いや、悪くも悪くも、か。セーラー服の一張羅以外に選択肢がない。ミリーちゃんはミリーちゃんで、身の回り品は常にお腹の袋にしまってあるし、ポンチョは暑さにも寒さにも耐える素材で作られているので、特別な旅装を用意する必要はないそうだ。強いて準備したものと言えば……
「もぐもぐ……みさきさん、保存食も作っておいて本当に良かったですねえ」
そう、ミリーちゃんがもぐもぐしている鶏ジャーキーくらいだ。わたしが旅先ではまともに料理はできないだろうと話すのを聞いて絶望的な表情をしていたミリーちゃんに、みんなが隠し持っていた鶏ジャーキーを供出してくれたのだ。街で食べるものよりよほど酒に合う、ということで全員村からが持ってきていたらしい。あー、食堂で追加注文をしなかったのはそういう理由もあったのか。
ちなみに、鶏ジャーキーの原料はそのまま食べるとイマイチ人気のないササミや胸肉だ。茹で鶏や蒸し鶏も作ってみたがどうも反応がよくなかったので手間ひまかけて作ってみた。ハーブや香辛料を煮出した濃いめの塩水に数日漬け込み、保冷庫の一角でさらに数日干して作った品である。
本当なら燻製にしたかったが、それに適した木材があるかまではまだ検証できていなかった。まあ、街まで降りて確信したけれど、もともと木材資源が希少な土地柄のようなので、燻製までして仕上げるのは贅沢かもしれない。
「みさき様、ミリー様、いらしてくださったのですね」
西の門に着くとさっそく出迎えてくれたのは旅装に身を包んだサルタナさんだ。図書館司書風だった昨日までの服装からは一変し、丈夫そうな厚手の布で縫われた上下にマントを羽織った姿となっている。腰にはガンベルトのようなものが巻かれ、鞘に収められた無数のナイフが吊り下げられていた。例の魔法が仕込まれたナイフなのだろう。
「誘導された印象は否めないですけれど、このタイミングで出発するのがこちらにも
「ふふ、みさき様は商人としての才覚もおありなようで」
昨日の言葉にかぶせるように答えると、サルタナさんは微笑を浮かべて応じた。
「ではあちらにわたくしの馬車が用意してございます。いまから出立すれば次の北の雷鳴が鳴るまでには二つ先の街までは足を伸ばせるはずです。急ぎの旅となりますが、どうかご容赦くださいませ」
そう言って歩き出すサルタナさんの後を追う。「わたくしの馬車」って言い方に若干の引っ掛かりを覚える。サルタナさんなら公私混同せず「当商会の馬車」とか言いそうな気がするけれど……。
そんなわずかな違和感は、その少し後に後悔と共に氷解した。
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