第三十三話 世界のすべてを呪うような顔

「へー、生卵があるとそんなに色んなお料理が作れるんですね」

「そうそう、マメに自炊する人ならいつも家に生卵が置いてあるくらいだったんだよ」

「そのニワトリって生き物も交易都市で売っているんでしょうか」

「売ってたらいいね。火を通す料理ならプチハーピーの卵で試してみてもいいけど、毒味必須だからなあ」

「それはカガさんでいいんじゃないですか?」


 しれっと言い放つミリーちゃんに戦慄しつつ、それはそれでありかもと思うわたしもいる。でもなあ……なんか変なフラグが立ちそうな気がして嫌だな。やっぱその案はナシで。


 無事に草ゴブリン退治を終えて街へと帰る途中、わたしとミリーちゃんは未だ味わえぬ卵料理についてあれこれ雑談に花を咲かせていた。ローガンさんは女子トークに割って入るほど無粋ではないし、サルタナさんは黙って何やら考え事をしているようだ。護衛の目処が立ったことで、交易都市への具体的な遠征計画でも練っているのだろうか。


 街の門をくぐったところで、サルタナさんが口を開いた。


「急な話で大変恐縮なのでございますが、交易都市への出立は明日、ということでお願いできないでしょうか?」

「あんたにしちゃずいぶん焦った話だな。何か事情でもあるのかい?」


 サルタナさんと付き合いの長いローガンさんが尋ねる。わたしは短い付き合いだけれど、たしかにそんな急に話をすすめるタイプには感じられなかった。


「はい、理由は三つございます」


 立ち止まったサルタナさんが指を三本立て、一本を折る。


「ひとつめは、交易の再開が可能なのであれば一日でも早いほうが当商会の利が増えること。これはまあ、わざわざご説明差し上げるまでもございませんが」


 立てた指をさらに一本折る。


「ふたつめは、陽陰の入れ替わる刻が近いことです。信憑性は半々、といったところなのですが、陽陰が入れ替わる刻には瘴気領域に潜む魔物が大人しくなると言われております。それまでに瘴気領域のすぐそばまで移動をし、空が灰色のうちに可能な限り瘴気領域を進みたく存じます」


 立てた指をさらにもう一本折る。これでグーだ。なんか若干力を込めて握りしめている気がする。


「みっつめは……私事わたくしごとで大変お恥ずかしいことなのですが、明後日には当代である父が支店視察と称した物見遊山から帰ってくるのです」


 ありゃ、親子の確執的なものがあるのかな。日本でも、同族企業の社長と次期社長の間で経営方針を巡って争う的なことは珍しくなかったのを思い出す。視察を物見遊山と称するあたり、トゲを感じるぞ。


「あのクソおや……ごほん、父はわたくしに仕事を丸投げ…げほん、任せて、隠居を気取っているのですが、わたくしが正式に家督を継いだわけではなく、まだまだ現役でございます。帰ってきてわたくしがいなければ、真面目に仕事をするしかないでしょう。父がまともに働かないせいでわたくしは仕事仕事仕事仕事漬けの毎日……。おかげで三十にもなるのにわたくしには男の影のひとつもなし。かつて皇都で共に机を並べた学友たちからの手紙は結婚の報告やら出産の報告やら育児の悩みが何だとか……」


 あ、いかん。なんか変なスイッチ入っちゃったぞ。これまでの涼やかな表情が嘘のように消え失せ、世界のすべてを呪うような顔でずっとぶつぶつ言っている。ミリーちゃんも、ローガンさんまでビビって固まってる。クールビューティキャラはどこへ消えた。サルタナさーん、カームバーーーック!


「ええっと、わたしも同い年なので、き、気持ちはわかります。な、なのでどうか落ち着いてください。明日の出発もきっとだいじょうぶですから」


 ずっとぶつぶつと呪詛を放っていたサルタナさんがぴたっと停止する。ありゃ、これはもしかして言質を取るための演技だったのか?


「え? みさき様は三十歳だったのですか? みさき様はドワーフではなく人間だと伺ったかと思うのですが……」


 って、そっちかーい!


 サルタナさんの目が左右に動いている。どこを見ている。わたしの平らかなる胸とミリーちゃんの大山脈を比較するんじゃない。つか、判断基準はそこなのか。ドワーフの合法ロリ巨乳ぶりは下界でも有名なのか。


「ああ、つい取り乱してしまいました。これは大変失礼を。必要な物資と移動手段はこちらで用意いたしますので、お二方は最低限の装備さえお持ちいただければ問題ございません。もし旅の途中に不足に気が付きましたら、行く先々で調達を致しましょう。もちろん費用はこちらが負担いたします」


 取り繕うようにサルタナさんが言葉を継ぐ。取り乱したというのはわたしの年齢のことなのか胸部装甲の厚みのことなのか闇モードのことなのか一体どれなのか。


 って、あれ? そういえばその後のインパクトがでかすぎて聞き流しちゃったけど、お父さんの帰宅に合わせて留守にするってことは、サルタナさんも同行するってこと?


「はい、先ほどもお見せしましたが、わたくしの水の精霊術はこのような探索にもってこいなのでございます。先の見えない旅の中でも、最低限の水の心配が不要になりますゆえ」


 たしかにそのとおりだ。水は持ち運ぶには重いし、なくなったら水場がなければ補給もできない。


「物資はいいにしても、人員はどうすんだ?」


 と尋ねるのはローガンさん。


「腕の立つ護衛が二人に、目端の利く商人が一人、これ以上何の必要がございますでしょうか?」


 嫣然と微笑むサルタナさん。あ、クールビューティが帰ってきたぞ。


「だがよ、女三人だけってのはさすがに物騒じゃないのか?」


 ローガンさんが心配そうに言う。ミリーちゃんも同行するのだ。道行きの安全は当然気になるだろう。


「このお二人がいらっしゃれば小物の魔物は何十匹現れようと問題にもならないでしょう。巨大な魔物は一度に多くの獲物を狙える大商隊を狙うものでございますので」

「野盗だって出るかもしれねえぞ」

「知恵の回る輩であれば女三人が平気で旅をしている様子を見れば返って警戒するはず。そこまで知恵の回らぬ輩であれば、魔物同様お二人が一蹴してくださるでしょう」


 うーん、信頼が重い。魔物はともかく、野盗とはいえ人間とは戦いたくないなあ……。


「それに、旅の安全を高めるもございます。どうしても、ということでしたら強要はできませんが……そちらにも利のある提案かと存じますゆえ。承諾いただけるのでしたら明日の東の雷鳴の刻、西の門までいらしてくださいませ」


 そう言うと、サルタナさんは優雅に一礼をし、商会の方へと歩き去って行った。いやー、これ、受けるにしても断るにしても、約束の場所まではいかなきゃならないやつやん。なんだかしてやられた感がある。


 先ほどの結婚云々の話がどこまで本気だったかはわからないけれど、歩き去るサルタナさんの後ろ姿は知的なクールビューティそのものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る