第三十一話 大きなお友達の何かを刺激する恐れがあります

 無事、護衛契約が締結された後、草ゴブリンの駆除完了を報告をするために依頼主の農家さん宅を訪れた。奥さんが応対してくれたが、そういう話は旦那としてほしいとのこと。家の裏手でプチハーピーの世話をしていると伺って、そちらに回る。


「ゲギャー! ゲギャギャー! タマゴ、カエセ! タマゴカエセ! ゲギャギャー」


 そこには無数の怪生物に囲まれて、蹴りつけられ、爪を立てられている依頼主のおじさんがいた。意にも介さず熊手のようなもので掃除をしている。取り囲んでいるのは鶏の頭を美少女フィギュアと入れ替えて、髪を振り乱しているような生き物である。もしかしてこれが……。


「みさきさん、生きてるプチハーピーってこんな風なんですね」


 そうですよねえ、どう考えてもこれがプチハーピーですよねえ。これまで意識して「鶏」に脳内変換して頭から排除していた可能性だが、やっぱりハーピーって人面鳥なんですねえ。……見るんじゃなかった。


「はい、こんなかわいい生き物だと知っちゃうと、ちょっと食べるのに抵抗ができちゃいますよね」


 え、かわいい? ミリーちゃん視点だとこの人面鶏がかわいいの?


 はじめて知るミリーちゃんの独特な感性に震えていると、こちらに気がついた依頼主のおじさんがこちらにやってきた。


「おいおい、お嬢ちゃん方、そんなこと言ってたら肉なんてなんにも食えなくなっちまうぜ」

「そうですよね。それにこんなにおいしいものを我慢はできないです!」

「はっはっはっ! たしかにそうだな。美味い肉に生まれついちまったのがこいつらの運の尽きだ」


 プチハーピーの肉の味を褒められてうれしかったのか、おじさんが上機嫌で笑う。


「しかし、随分と戻ってくるのが早いなあ。草ゴブリンが見つからなくて一旦戻ってきたか?」

「いえ! ちゃんとぜーんぶやっつけてきましたよ!」

「お嬢ちゃん、冗談はよしてくれ。そっちのドワーフのあんちゃんよ、何匹ぐらい狩れたんだい?」

「ミリーの言ったとおりだ。21匹。取り逃しはねえと思うぞ」


 ミリーちゃんの言葉を信じなかったおじさんがローガンさんに問い直したが、返ってきた言葉に目を丸くした。「噂には聞いちゃいたが、岩山のドワーフってのはまじでとんでもねえんだな……」とつぶやきつつ、わたしたちに同行して草ゴブリンの死体を積み上げた現場へ向かう。


「はぁー、話だけじゃふかしこいてるのかとも思ったが、こいつはすげえなあ……。それにしても20匹以上もいたのか。せいぜい10匹やそこらだと思ってたんだけんどよ」


 を見せられてはもう疑う余地もないらしく、納得した様子で報酬を取りに自宅へ戻っていく。当然わたしたちも後をついて歩いていく。この中ではおじさんの身長が一番高い。長閑な農村を、おじさんを先頭に歩くわたしたちを誰かが見たら、カルガモの親子のように見えたかもしれない。


 ローガンさんがおじさんから報酬を受け取る。袋にも入ってない裸銭だ。報酬額は事前に聞いていたが、3人で分けたら数日で底をつくような金額でしかないらしい。あ、結局サルタナさんも一匹仕留めたし、4人で分けなきゃか。嗚呼、過酷なり異世界冒険者稼業。一瞬楽な仕事でよさそうかなあと思ったけれど、慎んで取り消しをさせていただきます。これで食いつなぐのはキツイっすわ。


「これだけたくさん狩ってくれたら普通は報酬を積み増さにゃならんが……すまねえがこっちにも村のみんなから預かった予算ってものがある」


 恐る恐るという感じでおじさんが切り出す。追加報酬は払えないってことなのだろう。こちらとしては別にそれがメインの目的ではないし、ぜんぜん構わないのではあるが。


 ローガンさんがこちらに視線を向けてくる。一応、今回の駆除作業で一番多く草ゴブリンを仕留めたのはわたしだ。報酬の交渉をするならわたしに確認を取るのが筋ということなんだろう。


「えっと……わたしとしては別に報酬はどうでも……」

「だとよ。ま、こっちは元々本職じゃねえんだ。事情があってたまたま受けただけの依頼だ。また頼られても困るしな」

「そうかあ。ありがてえような、残念なような話だな。そうは言ってもなんにも礼をしねえってんじゃ、この村の名が下がるってもんだ。ここはひとつ、うちでしか食えねえ卵料理だけでも振る舞わせてくれないかい?」


 おわー。魅力的な申し出。元々ゴブリン狩りで丸一日は潰れる予定ではあったのだ。それが圧倒的に短時間で済んでしまったのは事実である。時間に余裕があるのは間違いないが、そんなにのんびりしてもいいものだろうか。


 他のメンバーの顔を見渡すと、ローガンさんとサルタナさんは「どうぞご自由に」という表情だ。ここで多少時間をかけても今後の予定に変化はないのだから本心からどちらでもよいのだろう。


 そして問題はミリーちゃんである。「ここでしか食べられない料理」と聞いてから、目をきらきらさせて口の端からよだれを垂らさんばかりになっている。こら、はしたないからやめなさい。あと一部の尖った趣向を持つ大きなお友達の何かを刺激する恐れがあります。


 とはいえ、わたしとしても興味は津々しんしんである。街でもドワーフ村でも卵は茹でたものしか手に入らなかった。仮に今後、生卵が入手可能な状態になったのなら、現地での調理法を知るのは大いなる学びとなろう。今後のドワーフ村の食生活を改善させるさらなる一歩にもつながるはずだ。決して、わたし自身がひさびさに卵料理を味わいたいというだけではない。


「ええっと、ではぜひお言葉に甘えまして……」


 そういうことに、なった。

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