第三十話 来た時よりも美しくが冒険者のモットー、かは知らない

 倒した草ゴブリンたちは村の外れに集めて積み上げていく。草ゴブリンたちから回収できる素材はなく、燃やして灰にし、畑に撒くくらいしか利用法がないそうだ。生前は農家に迷惑をかけ、死後もそれほど役に立たない。まったく迷惑な連中である。農家のみなさんが仇敵と憎むのも納得できるというものだ。


 来た時よりも美しくが冒険者のモットー、かは知らないが、この手の駆除依頼は片付けまでが含まれていることが基本なのだそう。まあ、汚れ仕事なんてそんなもんですよね。なお、草ゴブリンの焼却作業は農家さんの受け持ちである。下手に飛び火でもして火事になったら洒落ではすみませんからね。危険で面倒なことは任せたいけれど、火の扱いまでは一見には任せられんということだ。


 せかせかと草ゴブリンの死体の片付けを進める。急いでいる理由は、サルタナさんにどうしても聞きたいことができたからだ。最後の一体を運び終わり、腰を伸ばしているとありがたいことにサルタナさんの方から話しかけてきてくれた。


「見事な手際でございました。実力を疑うような真似をして申し訳ございません。武術の腕前は言うまでもなく、草ゴブリンを苦もなく見つける探索技術と観察眼。まったく文句のつけようもございません」


 えへへ……と思わず照れ隠しに頭を掻いてしまう。まあ、ゴブリンを見つけたのはセーラー服君の索敵機能によるものなので、文字通りのチートズルなのだが。


「それはそうと、わたしも聞いてもいいですか? さっきのゴブリンを燃やしたのって……その、いわゆる魔法って言うやつですかね?」

「ええ、そのとおりでございます」


 いい年をして口にするのが恥ずかしい単語に思わず言いよどむが、サルタナさんはあっさりと肯定した。


「といっても、わたくし自身の術ではなく、道具に封じたものを使っただけですが」


 そういってサルタナさんはスカートのスリットからすっと一本のナイフを取り出してみせた。ありゃー、清楚っぽいデザインの服なのに、そんな深くまで切れ込み入ってたんだ。逆にエロい。じゃない。いまはそこじゃない。サルタナさんの太ももから視線を剥がしてナイフに移す。


「この投げナイフの柄に、火の魔術を封じた魔石を仕込んでおりまして、投げつけると先ほどのように燃え上がる、という次第でございます」


 おおー、なるほど。魔法の武器ってやつか。ロマン溢れるな。


「しかしながら、使い捨てのため遠慮なしに使えるものではありません。何百本も持ち歩けるわけではございませんし、本職の武人から見れば所詮手妻のようなもの。いざというときの自衛用に身につけているというわけにございます」


 サルを一瞬で丸焼きにしちゃうような手品は地球にはなかったと思うけどなあ。あれはどちらかというと手榴弾に近い、とわたし的には思う。


「ただ、わたくしも道具を頼まず使える魔法が少しあるのですよ」


 サルタナさんに促され、両手を差し出すとその上からサルタナさんが自分の手をかざし……冷たっ。サルタナさんの手からまるで水道の蛇口のように水が流れ落ちた。


「お疲れさまでした。どうぞこれで手をお清めになってください。」

「すごーい! サルタナさんも精霊術が使えるんですね!」


 横から歓声を挙げたのはミリーちゃんだ。サルタナさんがミリーちゃんの手にも水をかけながら言う。


「平地に住まう人間には珍しく、生まれつき水霊様の加護を薄いながらも授かっておりまして。この青い髪も水霊様からの賜り物であろうと。まあ、これは俗説かと存じますがね」


 一般的に、赤髪なら地霊か火霊、青髪なら水霊か風霊との絆が深いと言われているそうだ。絆が深いとは、加護が強いと同義である。サルタナさんは青髪、ミリーちゃんは赤髪、そしてローガンさんをはじめとするドワーフ男性たちは黒髪……たしかにこれは眉唾っぽい。


「おれもそこそこの付き合いだと思っていたが、あんたが精霊術を使えるとは知らなかったぜ」

「商談の席で披露するような芸でもございませんからね」


 そりゃそうだな、とローガンさんがガハハと笑う。


「それに、ドワーフ様方の術と比べれば児戯のようなものでございましょう。わたくしなどは、交易中の水の確保が多少楽になるといった程度のものでございますから」


 サルタナさんが謙遜するが、それってなかなか大したものなんじゃないだろうか。何日もかかる交易の際に、全員が必要な水を持ち歩くのは大変だろう。それがサルタナさんがいれば水の量を減らして積荷を増やすことができる。商人としては相当有用なスキルに思える。


「あのー、それで合否の方はどんなものでしょうかね……?」

「もちろん合格でございます。これほど頼もしい護衛が二人も雇えるのであれば、むしろこちらから諸手をついてお願いするべきところでございましょう」


 おずおずと尋ねると、サルタナさんはにっこり微笑んで右手を差し出してきた。濡れた手を慌ててスカートで拭って差し出すと、そっと握りしめられる。この世界でも握手の習慣があるんだなあ。続いてサルタナさんは、ミリーちゃんとも握手を交わした。


 あーよかった。これでひとまずリザードマンとの繁殖ルートは回避できた。無数の卵から孵る小さなトカゲに囲まれる自分の姿を頭から打ち消して……あれ? そういやリザードマンとの子どもってできるの? 爬虫類っぽいし、卵生じゃないの? わたし卵産めるんだっけ??


 思わずセーラー服君に小声で尋ねてみると、


「なるほど、それはよい点に気が付かれましたね。小生の見落としだったようです」


 ファック! ファック! ファーーーーック! 絶対にこいつ知ってて嘘ついてたよ! 完全にかつがれた!!

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