第二十七話 牛丼チェーン店もかくやという速度
「ほほう……ここが噂に名高い冒険者ギルド、か」
サルタナさんのお店を出た翌日、わたしたちは一軒の店の前に立っていた。
「冒険者ギルド……? 嬢ちゃん、ここは単なる飯屋だぞ」
ローガンさんが不思議そうな顔でこちらを見る。あ、いえ、なんでもないです。独り言独り言。ローガンさんが木製のドアを押して店に入っていく。西部劇風のスイングドアだ。続いて中にはいると、店内には食事中の客がまばらに座っている。昨日は村から持ってきた携帯食の残りで食事を済ませて早々に宿を取ったので、街の料理を味わうのがこれがはじめてとなる。
空いたテーブルに適当に陣取ると、給仕の女性が注文を取りに来る。ローガンさんが「人数分、頼む。エールも付けてくれ」と言ってお金を渡す。そして女性は速やかにカウンターに戻っていった。あれ? 注文は……? そういえば、メニューとかもなんにもないぞ?
「この店でメシと言ったらいつも1種類しかねえんだよ。頼めば酒の肴なんかも適当にこしらえてはくれるが……なあ?」
ローガンさんが他のドワーフたちを見渡すが、みんな別注文には乗り気ではないようだ。村の財政事情が苦しいことに遠慮している……という要素がゼロとは言わないが、どうもそうではないらしい。あー、嫌な予感がひしひしするぞ。
「はい、お待ちどおさん」
はやっ! 現代日本のファストフードの極北、牛丼チェーン店もかくやという速度で料理が運ばれてきた。やってきたのはお椀がひとつと、お盆に直接載せられたパン……のようなものがいくつか。おお、やっぱりあるじゃん。小麦粉由来的な炭水化物。道中でも遠目に見えていたけど、あの麦畑のようなものはやはり穀類を育てていると考えてよさそうだ。
パンらしきものの大きさは長さ20センチほど。幅と厚みは3センチほどで角張った棒状だ。地球のバランス栄養食をそのまま拡大した感じ。細長く焼いているのは片手で持って食べやすいようにかな。ではさっそく一口いただきます。いただき……ガリガリ……何これ硬ったー! ぜんぜん歯が立たないでやんの。
「ああ、それはこっちのスープに浸してふやかしながら食べるんだ。おれもはじめて食ったときは街の人間はとんでもなく顎が頑丈なのかと面食らったもんだよ」
ローガンさんが食べ方を説明してくれる。どうやらミリーちゃんもわからなかったようで、わたしの隣で激硬パンをガジガジしていた。では改めて、パンをスープに漬けて……あれー、これホントにスープ吸ってる? なかなか柔らかくなりそうな様子がない。
「それで
なるほど。ローガンさんの食べ方を見習ってわたしもがきっとぼりぼりしてみる。うーん、硬い。口の中の水分がごっそり持っていかれる。そして味がほとんどしない。率直に言ってこれは……。
「まずい……」
「おいしくないですねえ……」
うっかり文句をこぼしてしまった。日本にいた頃はどんなに口に合わない料理が出てきても、お店の中では味の批判をしないように気をつけていたのに。この世界に来て初めての外食にいくらか期待をしていた分、それを裏切られて自制がきかなかったようだ。
あ、いかんぞ。給仕のお姉さんがこっちに向かってきたようだ。やべえ、分厚いすり鉢みたいなものとすりこぎ棒みたいのを持っている。無礼な客を実力行使で追い返そうというわけか。
「ごめんねえ、子どもにこのパンはつらいよねえ。これで小さく砕くと少しは食べやすくなるから、使っておくれ」
やべえやべえと焦っていたらかけられた声は優しいものだった。思わずほっとため息をつく。つか、わたし子ども扱いか。三十路やぞ?
「あたしらだってこんな不味いパン出したくないんだがね。何年も前の飢饉のときに、領主様が日持ちのするこの石パンしか作っちゃいけないってお触れを出したのさ。粉のままよりも長持ちするってんでね。それ以来ずーっとこの不味いパンを食べ続けているわけさね」
「あのー、小麦粉、でいいんですかね。パンにする前の粉を買うことはできるんですか?」
「あたいらにゃ無理さね。小麦粉を買えるのはパン屋だけ。パン焼きかまどを持っていいのもパン屋だけ。お嬢ちゃんのやりたいことは察しがつくけど、諦めるんだねえ」
給仕のお姉さんはなかなかに話し好きで、どこそこのパン屋の息子が柔らかいパンを密造して鞭打ちの刑にあっただとか、小麦粉の交易も行われてはいるが、特定の都市へ向けた輸出分しか許可されていないとか、領主が食料備蓄マニアと化していて、なんでもかんでも保存食にしようとしていることなどを教えてくれた。
なるほど、それでみんなは別注文に乗り気じゃなかったのか。たぶんカッチカチに干し固めたようなものばかりが出てくるのだろう。
うーん、小麦粉が手に入れば料理の幅がぐっと拡がると思ったんだけど。この超堅パンでも摩り下ろせばとろみ付けとかに使えるかなあ。スープに長く漬けて柔らかくすればパン粥とかパングラタンもいけるかな。情報のお礼とばかりにお姉さんに料理のアイデアを伝えると、なるほどねえ、時間がかかると店で出すのはきびしいけれど、試してみるかねえなどと言ってくれた。
「みさきさんは料理の聖女様ですからね! 言うとおりに作ればきっとおいしくなりますよ!」
ミリーちゃんがドヤァと胸を張ると、お姉さんは「そうかいそうかい。そりゃあたまげたねえ」と頬を緩めた。子ども好きなんだろうか?
「嬢ちゃん、いいのか? もしかしたら売れる料理になったかもしれないんだろ?」
「あー、いいんです。どちらも汁気が多くて重たいし、ドワーフ村で作って持ってこようと思ったら腐っちゃうと思います」
街に店なり屋台なりを構えて腰を据えて売るという手もなくはないが、先行投資をした挙げ句、あっという間に真似されて閑古鳥……なんて事態になったら目も当てられない。それに時間をかけて飲食店なんて経営していたら、セーラー服君がしびれを切らしてフェロモンを撒き散らしだす恐れもある。
あれやこれや話しているうちに、バリバリボリボリのお食事タイムが終了した。ちなみにスープは普通に美味しかった。お味は具だくさんのオニオンコンソメスープと言ったところだ。
「さて、メシも終えたところでそろそろ本題に取り掛かるか」
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