第二十五話 交易都市で見つからぬものは世界中のどこを探してもない
「お嬢さんたちには果実水の方がよろしゅうございますか?」
「いや、こいつらもエールでかまわねえ」
ローガンさんが案内もされないうちにカウンター脇にあるドアを開け、会議室的な部屋に入っていく。無作法に思えるが、それだけ付き合いが長いんだろう。ぽっと出のわたしが口を出すようなことじゃない。
会議室の端にどかどかと今回の交易品を積み上げ、席に着いて待つことしばし、青髪のお姉さんに続いて数名の男性が入ってきた。お盆にジョッキを載せているあたり、従業員ってことかな。お姉さんがバインダーのようなものを抱えているので、おそらくは部下なのだろう。おっとりした様子に見えるけれど、実はやり手のキャリアウーマンってとこかなあ。
私たちの前にジョッキを配ると、男性たちは一礼して退室していった。青髪のお姉さんがひとり残って着席し、軽く頭を下げる。
「本日もようこそいらっしゃいました。喉が渇いておいででしょう。まずは再会を祝す乾杯を」
全員がジョッキを掲げ、一口飲む。冷やして薄めた甘酒って感じの味わい。エールと言うからにはビールに近いものを想像していたのだけれど、だいぶ違うなあ。
「さて、今回もいつもの品を降ろしていただけるのでございましょうか?」
「だいたいはそうだがな。事情があって、今回は岩ゴブリンの素材はなしだ」
お姉さんの青い眉がぴくりと動く。
「岩ゴブリンの素材がないとは……。差し支えなければ、事情をお伺いしても?」
ローガンさんが例の一件について話す。瘴気石を溜め込んだのは自分の一存だという形に話を変えているが。実際に瘴気石を隠していた若手ドワーフたちの評判を落とさないための配慮なのだろう。相変わらずローガンさんが精神的イケメンすぎる。
「なるほど……まさかそんな恐ろしいことが。しかし、当商会でも魔石は多く取り扱っておりますが、そのような事件が起きたことなど金輪際ございません。何か他に原因があるのでは?」
「そうかもしれねえ。かもしれねえが、かもしれねえで村を危険に晒すわけにはいかん」
「それは道理でございますね。とはいえ、岩ゴブリンの素材がないとなると買値は半分以下が精々ですが、よろしいので?」
「それも仕方がねえだろうな。なるべく高く買い取って欲しいのが本音だが」
うーん、と悩ましげな表情を浮かべつつお姉さんが席を立ち、部屋の隅に山積みにされた陶器や金属製品を手に取り、次々に眺めていく。時折コンコンと手で叩いて音を確かめている。商品の中にはわたしが提案したフライパンやスプーンやナイフも含まれている。ドワーフが使っていなかっただけで、人間が普通に使用している可能性はあるが、物珍しさで高く売れるという可能性もあるので加えている。
「なるほど、今回は食器や調理器具もあるのですね。しかし、失礼ながら全体的に品質が落ちていることは否めません」
席に戻ったお姉さんが首を振りながら言うと、手元のバインダーに何か書き込んで差し出してきた。
それを見たローガンさんが顔をしかめる。
「こりゃ……いくらなんでも。これくらいにはなるんじゃないのか?」
ローガンさんがお腹の袋から筆記具を取り出し、何か書き付けてバインダーを戻した。お姉さんがそれを見つめて、ひとつため息をついて言う。
「承りました。これまでのお付き合いもありますし、今回はこの額で買い取らせていただきます。しかし、次回からは先ほど提示した金額が精一杯ですので、ご承知おきください」
お姉さんがパンッと手をひとつ叩くと、すかさず先ほどの男性従業員がバインダーを受け取って部屋を出ていく。買取の代金を取りに行ったのだろうか。
「ローガン様秘蔵のミスリル戦槌を売っていただけるのなら、ドワーフの皆様方が一年は困らず暮らせる額で買い取らせていただくのですが」
「すまねえがあれは譲れねえよ。代々伝わる家宝だからな」
この青髪のお姉さん、サルタナさんは隙あらばローガンさんのミスリル槌を買い取ろうとするというので事前にわたしがもらったことは隠すようにと言い含められていた。ってか、そんな高級品だったの!? あとでローガンさんに返すことにしよう、と内心で誓う。
「それとな、サルタナさん。仕入れたいものがあるんだが、相談に乗ってくれねえかい?」
「おや、ドワーフ様方が買いたいものがあるとは珍しいことでございますね。そういった商談でしたら喜んで」
ローガンさんに促され、わたしは数枚のスケッチを鞄から取り出す。鞄はドワーフの女衆が蔦で編んだ肩掛けのトートバッグのようなものだ。素朴だけれどしっかりとした作りで気に入っている。スケッチにはサツマイモやジャガイモ、トマトなどが写実的なタッチで描かれている。これはミリーちゃんに頼んで描いてもらったもので、見たこともない作物を口頭だけで伝えることの難しさを感じたオババ様による発案だ。ちなみになぜ自分で描かなかったのかといえば、わたしに致命的に絵心が備わっていないためである。
当然、スケッチを渡すだけでなく、口頭でもそれらがどんな特徴を持つ作物なのか身振り手振りを交えて熱心に伝えていく。ドワーフ村大不況の危機なのだ。ここで手は抜けない。これらでなくてもいいから、岩場で育つような作物がないかと尋ねる。
「残念ながら、当方にあの岩山で育つような作物に心当たりはありませんね……。それに、もしそんなものがあれば、こちらからご提案差し上げていたでしょう」
一発目から当たりが引けるとは考えていなかったが、実際に否定されるとがっくりと来る。
「しかし、この街から遥か西方の交易都市に行けばそのような品も見つかるかもしれません。たどり着くまでに雷鳴を百は数える土地ですが、交易都市で見つからぬものは世界中のどこを探してもない、などと商人仲間のうちでは言われております」
雷鳴を百って言うとどれくらいだっけ? 4回で1日だから、一ヶ月弱くらい?
「ご主人、雷鳴を百数えるというのは長い時間を表す慣用句です。どれほどの日程を要するかは、実際に行き来してみなければわからないということでしょう」
突如言葉を発したセーラー服にサルタナさんは一瞬ぎょっとしたようだが、すぐに表情を取り繕って「はい、そのとおりでございますわ」と微笑んだ。商人ともなれば、しゃべる魔道具のひとつやふたつ、実際に見たことがあるってところだろうか。
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