目指せ! 交易都市!

第二十四話 ちっ、この世界はわたしへの嫌がらせのために作られたのか?

 ちょっと隣町まで買い物に……といってもドワーフ村においてはそんな気軽にできることではない。下山に一日かけ、街についたら一日かけて買い物し、また一日かけて戻ってくる、というのが買い出しの基本的な日程である。足掛け三日もかかるし、人手も割くことになるのでそうそう頻繁にできることではない。そんなわけで、ドワーフ村ではおよそ二十日に一度を目安に買い出しをすることになっている。


 街で売るための金属製品やら陶器やらを背負ったドワーフ男たちの背中をえっちらおっちらと追いかけているのがわたしとミリーちゃんだ。買い出しは基本的に男性の役割なのだが、「男どもの中に女一人というのは居心地が悪かろう」ということでオババ様が付けてくれたのだ。なお人選は立候補だったのだが、ミリーちゃんが熱烈に希望したために他の女たちは自主的に引き下がった。


 なんでも、女衆の中ではミリーちゃんが一番の槌の使い手らしく、ボディガードとしての同行であれば他の人選は考えられないということだった。普通、ドワーフの女性は武術を身に着けないのだが、ローガンさんの見様見真似で幼い頃から槌を振るっていたらしい。意外な一面である。


「街に行けば知らないものが食べられそうですし、あの人もいますしね……」


 ミリーちゃんがにらみつける視線の先には陶器を背負ったカガ君がいた。時折こちらを振り返り、ミリーちゃんと目が合っては慌てて前を向き直している。こちらも普段は買い出しに加わらないが、今回わたしが同行すると聞いて熱烈に参加を希望したとのこと。げに恐ろしきは貧乳フェチの執着なり。


 宴のたびにわたしに地霊の試しを申し込むカガ君を、ミリーちゃんはどうも敵視しているようだ。うぬぼれだったら恥ずかしいけれど、大好きなお姉ちゃんが取られちゃうって感じなのかな。そうだとしたらなんだかむず痒い。安心せよ、我が愛しき妹よ、わたしはあんな貧乳フェチになびくことはないぞ。ちなみにわたしのリアル妹はふたりともわたしを差し置いて結婚したぞ。


 途中、休憩を何度か挟みつつ、順調に山道を下っていく。岩ゴブリンの襲撃でもあるんじゃないかと内心びくびくしていたが、男衆が何人もいる買い出しの一団が襲われることはめったにないとのこと。ヒゲモジャさんたちとはじめて出会った時の一方的な闘いを思い出して納得がいく。襲ったところで一方的に狩られるのであれば、そうそう手出ししようとは考えないだろう。


 先頭を行くのは巨大イモリにまたがったローガンさんだ。ずいぶんひさしぶりな気がするイモリ君だが、これは村でも一頭しかいない。巨大イモリ自体は山岳地ではメジャーな家畜だそうなのだが、生物資源の乏しい天突あめつく岩では何頭も飼えるようなものではないそうだ。巨大イモリ君にしても、ローガンさんが幼い頃に、怪我をした幼体を拾って手塩にかけて育ててきたものとのこと。いちいち精神的イケメンエピソードを挟んでくるな、ヒゲモジャ樽マッチョのくせに。ヒゲモジャ樽マッチョのくせに。


 そんなこんなで道中はさしたる事件もなく、無事に街についた。中世風ファンタジー異世界の町並みってどんなものだろう……と内心ドキドキしていたのだが、あまりにも想像通りではしゃいでいいのやら、拍子抜けだと思えばいいのやら、感想に困ってしまう。


 街の周囲はレンガの外壁に覆われ、入り口は開けっぴろげだ。槍を持った門番風の人が二人立っていたが、とくに絡まれるようなこともなく、ローガンさんが「ようっ!」と声をかけると「おうっ!」と素通しだった。まあそりゃ、顔なじみに面倒な検問なんていちいちしませんよね。


 てっきり入門税的なものを取られるんじゃないかと思っていたが、それは出るときに求められるとのこと。入りやすく、出にくい。この街はそういう仕組みで人口を増やしているのだろうか。


 あ、そういえばさっきの門番さんがこの世界で出会う第一人間だったのか。あまりにもすーっと通っちゃったから何の感慨もなかった。あんまり観察できなかったけど、顔立ちから人種の判別はできなかった。強いていうならラテン系? 日本人よりちょっと顔が濃い。だけど、肌は白く、そこまで彫りは深くなかった。


 巨大イモリ君は街中をそのまま歩くのは危険ということで、門から入ってすぐにある厩舎的なところに預けられた。厩舎の人とも顔なじみのようで、とくにこれといったやり取りもなく街の中へ進んでいく。厩舎の中には他にも六本足の馬や、巨大なゾウガメのような生き物が繋がれて草をはんでいた。あのカメさんにはいつか一度乗ってみたい。


 街に入るとレンガ造りの町並みが続いている。地面は土がむき出しだが、踏み固められていて歩きにくいことはない。木材が使われた建物は少ないようだ。ほとんどの建物で、扉ぐらいしか木で作られていない。山から降りてくるときにも大きな木をほとんど見なかったし、このあたりでは木材が希少なのかもしれない。


 ローガンさんの背中を追いながら、ちらちらと待ちゆく人々を観察する。ほとんどは門番さんたちと同じような人間に見えるけれど、たまに明らかに違った人種が混じる。肌が白く、長身で耳が尖ってるのはエルフってやつだろうか。ドワーフっぽい男性も見かけたが、ローガンさんたちと比べるとマッチョ度が低い。あの鱗で覆われてる二足歩行のトカゲ的な人はリザードマン? 耳がヒレになってる人は……マーマンってやつだろうか?


「みさきさん、あまりキョロキョロしてると迷子になりますよ」


 ミリーちゃんから裾を引かれてハッと我に返る。初めて訪れた街で迷子になるとか洒落にならん。セーラー服君の探知機能を使えば合流は簡単にできるだろうけれど、大人として恥ずかしすぎる。視線をそらすのをやめ、ローガンさんの背中に集中する。


 ひときわ大きな建物の前でローガンさんが足を止める。ここがひとまずの目的地だ。この街で一番大きな商会の建物だそうで、持ち込んだ交易品はここでまとめて売り払っているんだそう。


「いらっしゃいませ。ローガン様、それにドワーフの御一行様。まずはお疲れでしょうから、冷たいエールでも……おや、今日はかわいらしいお客様もいらっしゃるのですね」


 店に入るなり、カウンター越しに挨拶をしてきたのは青い髪をしたメガネのお姉さんだった。いかにも知的で、商人というより図書館司書といった雰囲気。年齢は二十代半ばだろうか。わたしより少し背が高く、胸部装甲はミリーちゃんには及ばないまでも分厚い。ちっ、この世界はわたしへの嫌がらせのために作られたのか?

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