閑話3 とある女神のブログ更新

 視点は変わって、地球やから見てのたちが住む世界の話。平たく言えば、高町みさきが命名するところのスウェット爆乳あるいは女神モドキの話になる。


 地球世界の生命体に接触する際、彼女(地球生命における性別を当てはめることは不可能なのだが、一旦こうさせてほしい)はだるっだるのスウェットを着た爆乳女子の姿を取るのだが、これは決して高町みさきが邪推したようにその豊満なる胸部を強調するためではない。


 現地で収拾した情報を元に、異世界転生に前向きな人間に一番刺さウケる姿は何なのか……という、彼女なりの研究の結果顕現したのがスウェット爆乳なのである。彼女の姿を批判するのであれば、即座にその批判は地球人類自身に返ってくるものだと理解するべきであろう。


 便宜的に彼女、あるいはスウェット爆乳と呼んでいるが、高次元知性体である彼女の本来の姿はそのようなものではない。全容は所詮三次元に住む人間たちには知覚不可能だが、無理やり地球や異世界に降り、その姿を表すとしたら、絶えず非連続的に色彩・形状・大きさを変える不定形の何か、としか捉えられないであろう。全天を覆うほどの大きさになったと思えば、次の瞬間には米粒よりも小さい何かとなり、次の瞬間には極彩色に輝く真美の女神像にもなり得るだろう。そういう存在がだ。


 とはいえ、この調子で描写を続けるといくら文字数があっても足りないし、何十回、何百回と繰り返し読んでも理解不能となる。三次元生物の知覚では、いくら想像を巡らしたところで高次存在の生態を正確に理解することなど不可能なのだ。そのため、ここでは便宜上、地球人類であってもイメージしやすい言葉に翻訳して描写を連ねることを許していただきたい。


 彼女……と言い続けるのもまどろっこしい。彼女本来の名前は音波振動以外を多分に含むために発音不能であるので、仮に「フレイア」としておく。北欧神話の神々の名は響きだけでそれっぽくなるからありがたい。


 さて、そのフレイアは何者かと言うと、フリーランスの世界運営代行業者だ。地球に存在する職業に当てはめるなら、水槽の委託管理業者が近いだろう。読者諸賢も、駅や喫茶店、ショッピングセンターの店頭などで美しい水槽を見た経験があるのではないだろうか。


 そして、きれいな状態の水槽を維持するのは素人には簡単ではない。インテリアとして成り立たせるためには、それなりの玄人の技術というものがいる。その玄人のひとりがフレイアなのである。所有者に代わって世界を管理維持するのが業務内容なのだ。世界創世ブームによって需要が高まったのを見て一念発起、低次元生物を売るペットショップを辞めて、独立したというわけだった。


「あーもう、また瘴気増えてるじゃん」


 少し前に受注した低次世界のモニタリングデータを確認し、フレイアはため息をつく。個人宅に設置された世界で、創世者が中途半端に聞きかじった知識であれこれ手を加えたため、崩壊寸前になっている。


 自分で立て直すのは無理だと悟り、その道のプロであるフレイアに丸投げしてきたというわけだ。諦めて処分しちまえよ……と本音のところでは思っているが、貴重なクライアントにそんなことは口が裂けても言えない。フレイアにしても、バランスを回復するための決定的な方策が思いつかず、世界が瘴気で満ちてしまわないよう次々と生体を追加するという場当たり的な対応で急場をしのいでいるところだ。一応、注ぎ足しのたびに異なる力を授けたり、使命を与えたりして有効な方策がないか探ってはいるのだが。


 世界創世ブームのきっかけは「ネイチャー世界創世」という概念をもたらした、「地球」と呼ばれる世界にある。それまでの異世界生物飼育と言えば、人工的に環境を整えた小さな空間で数種の低次元生物を育てるというスタイルが主流だったが、「地球」では極力外部からの手を入れず、ほとんど自然な進化に任せて複雑多様な生物相を実現している。


 創世者がこの地球の映像を美しくも壮大に編集し、詳しい制作過程とともに共有アーカイブで発表したことにより、暇を持て余した高次元知性体たちが我も我もと真似をしたのだ。それまで、地球のようなその世界内のみで完結する世界の運営は統一局の専売特許であり、専門の施設へ行かねば見られないものだったのだ。それが個人の手で作ることが可能となったとあって、世界創世は一大ムーブメントとなっている。


 とくに人気を集めているのは「人間」という生物種だ。様々な形態の巣を作り、衣服で身を飾り、珍奇な芸術作品も作る。高次元知性体が作るものと比べればどれも原始的極まりないのだが、これに「自然が織りなした」というフレーズが付くとさも特別なものに見えてくるのだから不思議なものである。ちなみに、地球の創世者はこの「人間」を売り出したことで左うちわの生活を送っているともっぱらの噂だ。


 人間を元にして、遺伝子を操作したり掛け合わせを工夫したり、魔力や霊力を注いで作出された通称「亜人」も人気だ。地の霊素と親和性が高く短躯で力が強い種、風の霊素と親和性が高く長身で素早い種、恐竜と掛け合わせたなんていう変わり種もある。人間をはじめとする地球産の生体は霊的にフラットで、品種改良が行いやすいというメリットもあるのだ。


 フレイアはモニタリングデータを見つめながら考え込んでいる。創世者が「日照と夜間のバランスが大事」と聞いて太陽と太陰をどんどん追加していったり、「霊力のバランスが大事」と聞いて四方から地水火風の霊素を交互に添加したりだとか、正直バカジャネーノと言いたくなる世界だ。


 根本から修正しないと立て直しは不可能だと思うのだが、生体がそれに適応してしまっているので急激な変更も難しい。要するに、今日もまた打つ手なし、というわけだ。最終手段として瘴気の直接除去も考えてはいるが……これだけ世界中に蔓延してしまうと、生体の絶滅をも覚悟した大掃除をするしかないだろう。そしてそんなことをすれば、契約は打ち切られてしまうに違いない。


 そういえば、と表示するデータを切り替え、最近追加した生体の動向を確認してみる。与えた力や使命の内容によって生存期間や繁殖数に違いが出るので、次に生体を追加する際の参考にするのだ。いまのところ、覿面てきめんに有効な方法論は導き出せていないが、決定的にダメな方法ならいくつか見つけたので、やらないよりはマシだろう。


 次々に表示されていくデータの中に少し目を引くものがあった。出来たばかりのごく小規模なものであったが、ある生体の近くで瘴気領域が突然消えているのだ。全行動データを呼び出し、詳細を確認する。生体に何らかの機器を与えた場合は、基本的に全行動の記録をしているのだ。こうして実際に内容をチェックすることは稀であるが。


「瘴気領域の発生の瞬間なんてレアよね……。その場を直接観察できなかったのは残念だけど、十分にがある」


 基本的に、瘴気というのは世界の維持管理において敵でしかない。なるべく世界に直接手を加えることを避けるネイチャー世界愛好者であっても、瘴気だけはどうしようもないと発見次第マメに除去しているくらいだ。高次元知性体にとっても発生原理が不明であり、発生を抑えるためには魔素や霊素の供給を減らすと良いらしい……というのが経験則的に語られているだけである。


 そのため、こんなに瘴気まみれになるまで放置された世界は稀である。クライアントは誤魔化していたが、「直接手を加えたらネイチャー世界とは言えない」という謎の信念を言い訳に、瘴気除去をサボっていたようなのだ。あんたもう散々余計なことしてるじゃないか、と言ってやりたくなる。


 気持ちを切り替えて猛然と原稿の執筆を開始する。フレイアは地球文明で言うところのブログのようなものを運営しているのだ。客寄せのために行っていることであり、実際これを経由して何件も受注を得ている。今回のネタはそこそこ話題になるのではないか……そしてこの記事から獲得できる新規客が……と皮算用をしながら執筆を進めると実にはかどった。


 内容的には多少盛ったが、嘘は書いていない。文体をいかめしく修正し、論拠をいくつか補足すれば専門誌への寄稿も可能だろう。あくまでブログ向けに、素人でもわかりやすく、楽しく読めるようにするための演出をしただけだ。


 渾身の原稿を書き上げたフレイアは満足げに共有アーカイブにそれを公開する。現地に送り込んだ人間が自分よりはるかに大きな怪物と戦う、動画を添えてだ。


「さーて、今日は何食べよっかな」


 フレイアは自炊をしない。仕事を終えたら、近所の居酒屋で夕食を摂るのが習慣だ。フレイアが去った後、部屋に残された端末には、幾何級数的に跳ね上がるアクセスログのデータと、それに比例して押し寄せる大量のコメントが表示されていた。


 これがフレイアを思いもよらぬ事態に巻き込んでいくのだが、彼女には知る由もないことだった。

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