第二十三話 ドワーフ村は深刻な不景気に突入しつつある
今日のわたしはドワーフ村のジジババさんたちと、若手のリーダーたちが集まる会議に呼ばれている。ジジババ……といってもドワーフ男は全員ヒゲモジャで年齢がさっぱりわからないし、女性たちに至っては全員が合法ロリ巨乳だ。それらが同じテーブルを囲んで丁々発止の議論を繰り広げている光景はシュールでしかない。
「だから! おれらが作る焼き物をもっと高く売れば解決するだろうが!」
「おめぇは工房にこもりっきりだから知らねえだろうがよ。もう麓の街じゃ焼き物はダブついちまってんだよ。昔みたいな高値じゃ売れねえ」
「他の街でも陶器やら武具やらを作りはじめて、そっちから仕入れてるらしいからな……。ものづくりはもうドワーフの専売特許じゃねえんだよ」
「品質が違ぇだろ! 品質が!」
「それ以上に値段の差がなあ……」
「肝心の品質だって、ろくな鉱石が掘れないんじゃジリ貧だ。ミスリルの鉱脈でも掘り当てねえとどうにもならねえよ」
町工場を舞台としたドラマで登場しそうな言い合いが続いている。先日の事件のために、駆除した岩ゴブリンは素材を取らずまるごと廃棄する方針になったのだ。そのせいで、徐々に蓄えが減りつつあり、ドワーフ村は深刻な不景気に突入しつつある。
「若ぇ連中を冒険者にして出稼ぎでもしてもらうしか……」
「そんなのは体のいい口減らしじゃないか!」
鍛冶班のリーダーを怒鳴りつけたのは、瘴気領域の主が現れたときに茸採りのリーダーをしていた女性ドワーフだ。あのときもキビキビと指示を出してすごいな、と思ったが、こういう席でも変わらないらしい。地球で働いていた頃に働いていたバリキャリの女上司を思い出す。シングルマザーで、飲みに行くと「男なんざね、タネだけ寄こせばいいのよ、タネだけ!」と言いながら若手女子社員から結婚に対する夢や希望を奪っていく存在であった。それでもどんどん結婚してったけど。
「っつーわけでな、おれらだけじゃ堂々巡りで新しい考えがなんにも出てこねえんだよ」
と、横に座ったローガンさん。感情的な議論に加わらず、腕を組んでどっしりと構えている。ローガンさんは鉱石採掘班のリーダーの一人なのだそうだが、貫禄としては本部長的なものさえ感じさせる。
「はいはい、少しお黙りな。言い合うだけじゃ屑石のひとつも掘れないよ」
と、加熱する議論を中断させたのはオババ様。「屑石のひとつも掘れない」というのは生産性のない行為を戒めるドワーフ的慣用句である。
「客人よ。あんたの料理を売るってのはやっぱりだめそうかね?」
「あー、はい。少しの間はそれでなんとかなるかもしれませんが、すぐに真似されちゃうと思います」
わたしがこの会議に呼ばれたのはオブザーバー的な役割を期待されてのことだ。遠い辺境から旅してきたという設定になっているので、ドワーフだけでは思いつかないようなアイデアが出てくるかも……というわけだ。残念ながら、わたしは経営コンサルタントでもなければ地域創生なんちゃら的な怪しげな肩書の職業を経験したこともない。そんな都合よく画期的なアイデアなどひねり出せないのである。
料理を売るという案はわたしも真っ先に検討した。ドワーフ村の料理のレパートリーが貧弱だったという背景があるとはいえ、あれだけ好評を博しているのだ。街で売ってもまるで鳴かず飛ばず……ということはないだろう。
一方で問題は、真似をするのが実に簡単だということ。所詮は素人が考えついたレシピである。本職の料理人だったら、一口食べれば再現できてしまうだろう。下手をすれば、どんな料理か聞いただけで同じようなものを作ってしまうかもしれない。この世界に特許やら著作権やらの仕組みがあるとは考えにくいし、日本でも料理のレシピは著作権保護の対象外だったと記憶している。権利をガチガチにして模倣を防ぐのも不可能だろう。
「小生、ひとつ疑問なのですが、この村落では農耕は行わないのでしょうか?」
口を挟んだのはセーラー服君。そういえばそうだった。ドワーフ村には畑や田んぼ的なものがない。
「この
岩がちで急斜面ばかりの土地だから、土壌がすぐに流れ落ちてしまうんだろう。おそらく土壌に含まれる栄養分も少ないはずだ。痩せた土地でもよく育ち、根を浅く張る作物……なにかあったような気がする。
「あっ、サツマイモ」
脳内ストレージに検索がヒットして、思わず口をついてしまう。たしかサツマイモは、日本でも救荒作物として江戸時代くらいに導入が進められたはずだ。見た目が悪くて最初は人気がなかったけれど、飢饉で米が不足したり、食べてみると甘くて美味しいってところから普及したとか聞いたおぼえがある。
「あとは……ジャガイモとか、ソバとか、トマトとか? ライ麦……は収量が悪いんだったっけ」
思いついた救荒作物を挙げていってみる。この世界にまったく同じものがあるとは考えにくいが、似たようなものがある可能性は高いと思う。生物進化というのは収斂していくものだ。この世界は地球とはまるで異なる原理でできているようだけれど、それでもぱっと見は地球に似ている部分が多い。つまり、見かけ上の生態が地球にそっくりなものがあっても不思議ではないだろう。
「嬢ちゃん、そいつは作物の名前なのか? それがあれば、ここでも畑が作れんのかい?」
「そうとは言い切れないですが、故郷では痩せた土地でも育つ作物がいくつもあったと思います」
ほう、と感心してローガンさんが髭を撫でる。続けて各作物の特徴を聞いてくる。麓の街で種か苗を仕入れられないかと考えているようだ。
「ふーむ、そんなのが売ってるのは見たことがねえが……聞いた話だけじゃわからねえな。どうだ嬢ちゃん、今度の買い出しで麓の街まで一緒に降りてみてくれねえか?」
そんなわけで、異世界に降り立つことはや数ヶ月。やっと人間の住む街に向かうことになりました。
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