第二十二話 若者の純情を弄ぶとは、客人もなかなか捨て置けんのう
ドワーフの火酒というのは独特の香りがする度数の高い酒である。以前に味見をさせてもらったが、アブサンから甘みを抜いた感じ……といえば近いか。苦味が強く、薬っぽい臭いがある。アブサンというのはニガヨモギを漬け込んだリキュールで、アルコール度数は40度から70度。フランスあたりで飲まれていたが、幻覚作用のある成分を含むので一時期販売禁止となったという代物だ。なお、いまでは幻覚成分を抑えることにより再販されている。旧製法のアブサン、一度飲んでみたかったな。
ドワーフの火酒は当然アブサンの製法とは異なり、蒸留したエンペールに茸を漬け込んで作られる。その茸はたまに採れる赤い張り付き茸だ。これを漬け込むとどういう作用なのかアルコール度数がどんどん高まっていくらしい。茸から出た色素がだんだん酒を赤く染めていくので、琥珀色になったら飲み頃の合図、ということだ。
わたしとしてはストレートで飲むのはちょっとなあ、という味わいだ。そのままでは苦味が勝ってしまうので、お湯で割ってアルコールの甘みを引き立たせたり、緑茶で割ったりすると飲みやすくてよさそうだと思ってる。この世界に緑茶ないけど。そしてドワーフ男的に火酒を割って飲むというのは邪道らしく、割り物を試そうとするとぎょっとした目で見られるので、わたしが飲むのは基本的にエンペールばかりになっている。
そんなことを考えながらジョッキを空けていると、いつの間にか目の前に広がっているのは死屍累々。十数名のドワーフ男たちがテーブルに突っ伏したり、地面に伸びていたりする。
「いくらエンペールでもあんなに飲めるものかよ……」
「酒霊の加護を授かってるんじゃないのか?」
「やつの肝臓は化け物か!」
ギャラリーがなにやらざわついているが気にしない。元々お酒には強い方だったが、こちらの世界に来て肉体労働に励んだために、どうもさらにアルコール分解能が高まっている気がする。フハハハハ、まだまだ飲めるぞ。情けないのう、男子諸君。
わたしがもう一杯エンペールのジョッキを空けると、残っているのは例の貧乳フェチ君ひとりのみである。カガ君って言ったっけ? 年齢的には年上なのだが、「さん」付けよりも「君」付けの方がどうもしっくりくる。会社の後輩君を連想するせいか……?
カガ君はぶるぶると震えながらジョッキを傾けている。なんとしても負けまい……という気迫を感じるが、その視線は我が平らかなる胸に向かっている。ブレねえなこの野郎。顔色は赤を通り越してもはや真っ青だ。これ以上飲んだら急性アルコール中毒とかになるんじゃない……?
「あーもう、見てらんない。ちょっと貸しなさい」
カガ君の震える手からジョッキをひったくり、火酒を一気に飲み干す。ジョッキを逆さにして振り、一滴も残ってないことを見せてやる。カガ君は目を見開いて、それからぐりんと白目を剥いて椅子ごと後ろに倒れた。よし、狙い通りに戦意喪失だ。あとストレートの火酒も案外美味いな。酔いが回って舌が鈍ってくると、これくらいインパクトのある味の方がビシッとハマる感じがする。
飲み比べに参加していなかった男たちが、あちゃーって感じで片手で顔を押えている。女たちは口を押さえて紅潮している。うん? なんですかこのリアクション?
「ほっほっほっ、客人も人が悪いのう。そんなことをされたらカガのような若造には刺激が強すぎるわい」
はい? どういうことです?
「察しが悪いの。男女がひとつのジョッキで飲み物を分け合うのは婚姻の儀の作法じゃ」
はいいいいい? 三三九度的な、そういうこと??
「さすがにこれで婚姻成立とはならんがの。
にやにや笑うオババ様。はっ倒したい、その笑顔。絶対わかってて止めなかっただろ!?
カガ君の撃沈を以って、その日の宴会はお開きになった。部屋に戻る途中、女子たちに囲まれて「ねえねえ、実際カガ君はどうなの?」みたいな話を延々と振られる。そんなことは知らん。ほとんど初対面みたいなものだし、一切ブレずにわたしのコンプレックスを見つめ続けるのも気に入らん。
そんなに貧乳が好きなら、誰か別の貧乳とくっつけばよいではないか。そう思い、周りの女子たちの胸部装甲を眺めると、みなさまご立派な胸部装甲を備えてらっしゃる。そうでした、ここは合法ロリ巨乳の村でした。
さらに女子たちから聞いたところによると、地霊の試しでガチの飲み比べをすることは珍しいそうだ。意中にない相手からの申し出であれば、数杯飲んだ後に「そろそろ飲み過ぎではありませんか?」と女側から声をかければ、男が降参するのが作法とのこと。相手が潰れるまで飲み比べに付き合うのは、「悪くはないと思ってるんだけどねえ……。もっと男を上げてからまたかかってきな!」という意味になるのだそうだ。そんなこと知らんがな……。
そんなわけで、次からの宴会ではカガ君から地霊の試しを申し込まれるのが定例行事のようになってしまった。いまのところ、わたしの全勝であるからいいが……というか、1敗でもしたらその時点でアウトなのだが。最近ではどちらが勝つか賭けまではじまっている。オッズはわたし優勢でうなぎ登りだ。一発逆転を狙ってカガ君に張り続けるギャンブラーがいるが、お約束のように毎回うなだれる結果となる。
「そろそろ飲み過ぎではありませんか?」のキーワードがある以上、わたしの勝ち確であることはゆるぎないのであるが、なんというか、それに頼るのは負けた気がして気に食わない。正面からねじ伏せ、心を折り、完全勝利を手にしたいという願望がなぜかある。ミリーちゃんに言わせると「そういうところですよ……」とのことなんだがどういうところだかはよくわからない。
目下の心配事は、セーラー服君が時折漏らす独り言だ。聞く相手はわたししかいないので、明らかに聞かせにきているのであるが。
「ローガン氏を第一候補として考えていましたが、カガ氏でも問題はありませんね。生殖に問題がない程度まで肝機能を落として……」
やめたまえ。本気でやめたまえ。
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