第二十話 ナチュラルにディスってくるよねセーラー服君は

 ローガンさんのお願いというのはこれだった。


「嬢ちゃんが古今の武術を修めた達人だったと聞いてな……。まったく人は見かけによらねえな。おれたちも槌の扱いにゃあ慣れてるが、それ以外の闘い方を知らねえ。こういうと照れくせえがな、正直、嬢ちゃんとあの怪物との闘いはおれも見ていてぜ」


 ここで言う震えたとは、怖かったという意味ではなくて武者震い的な意味だろう。


「ミリーを助けたらそのまま逃げてりゃよかったのにな。そのまま闘い続けてあの怪物をぶんのめしちまうとは、さすがのおれでも槌を投げるしかねえよ」


 槌を投げる、とはドワーフ的慣用句で「降参だ」「かなわねえよ」的な意味だ。そうか、ミリーちゃんを助けた時点で勝利条件は達成していたんだ。そこで二人を抱えて逃げ、あとは救援に来たドワーフ軍団に任せるのがどう考えても賢い。


 あのときは脳内麻薬ドバドバだったからな。自分では冷静なつもりで、実のところ程遠い状態だったんだろう。人間は脳内物質の奴隷だとかいう言葉を聞いたことがある気がするが、怖いなこれ。反省。


「つーわけでだな。嬢ちゃんには男衆の訓練に加わって指導を頼みたいんだが……お願いできるか?」


 いやいやいやいや無理っすー。昨日もさんざん強調したけど、聞き流されたみたいだけど、わたしはあくまで見る専で、格闘技経験とか皆無なんす。人様に教えられることなどありません。


「あー……なんだか辻褄が合わねえと思ったがそういうことか。だが知識だけでもかじってるのとぜんぜん知らねえとのじゃあ大違いだ。話をするだけでいいから、頼めねえかな」


 話だけ……というならかまわない。実践とは無縁だったが格闘技トークは大好きだ。ドワーフ的体型なら相撲とか柔道の技がハマるかもしれない。足技で敵の体勢を崩してからハンマーで追撃、とかロマンあるな。


 そんなわけで、わたしの怪我が治るまで数日待った上で、男たちの戦闘訓練に参加することになってしまった。岩ゴブリンの狩りもあるし、稀なことだが外部から別種の魔物が流れ着いてくることもあるそうで、平時からこの種の訓練は欠かさないそう。時刻はだいたい西の雷鳴の刻から夕食の時間まで。体感的に1時間から2時間ってところだろうか。


 とりあえず、柔道の基本技やボクシングのワンツーなどを教えてみる。拳撃はともかく足技という概念はドワーフ的に珍しかったらしく、しきりに感心されていた。


「岩ゴブリンや他の魔物なんかにそのまま使うのは難しいが、相手の足を蹴っ飛ばして体勢を崩すってのは使えそうだな。槌を担いでりゃ相手の注意は上を向くし、効果的だろう」


 とはローガンさん。鍛冶班のドワーフたちが集まって何か話している。聞き耳を立てると、脚甲を改造してリーチを伸ばせないか検討しているようだ。トゲトゲを生やしてリーチを伸ばしつつ、威力を高めるという意見が優勢の模様。それなんて世紀末?


 座学が終わったら次は組み手だ。足技はタイミングが重要なので、耳で聞いただけで身につけられるようなものではない。わたしもむくつけきヒゲモジャ樽マッチョに交ざって柔道技を実践してみる。体重差は2倍以上あるが、身長はわたしの方が少し高いくらい。組むに当たって特段の不都合はない。


 ……わたしがセーラー服だというのが最大の不都合ではあるのだけれど。


 もし投げ飛ばされたらスカートの中が見えちゃうじゃん、いやん。なんて心配しつつ稽古を始めてみると、樽マッチョがすってんころりんと軽々転がっていく。パワー面はセーラー服君に調整してもらって相手と同じくらいにしてもらっているから、力任せにぶん投げているというわけではない。


 地球では運動音痴を絵に描いたようなインドア派のわたしだったが、こちらの世界はその上を行く運動音痴がごろごろいるってことなんだろうか?


「ご主人はイメージする動きと実際の身体能力の乖離が大きすぎて動きがめちゃくちゃだったのですね。トップアスリート級の動きをイメージしながら、平均を大きく下回る運動性能の身体を動かそうとして整合性が取れるはずもありません」


 ああ、そうっすか。運動版の絵に描いた餅ってやつが地球におけるわたしだったのね。しかし言われてみれば思い当たる節がある。学生時代、体育の授業でテニスをやったときも、世界ランキング1位の選手のサーブのフォームを真似しようとして肩がグキッてなったな……。それ以来、テニスをするならアンダーサーブだと心に決めている。授業以外でテニスをやることは結局なかったけど。


 それが、この世界に来て体を鍛えたり、セーラー服君のパワーアシストを加えることによってイメージ通りの動きができるようになったってことか。つか、平均を大きく下回る運動性能とかナチュラルにディスってくるよねセーラー服君は。


 戦闘訓練を終えると、そのまま流れで宴会となった。お題目は「料理の聖女様の初の戦闘訓練参加記念」だそうだ。


 連日の宴会だけど、備蓄は大丈夫なのか? つか、こいつら理由をつけて宴会がしたいだけじゃね?

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