第十九話 誕生直後から自立するゴブリンやオークに比べれば効率は落ちます
ローガンさんによると、ドワーフというのは生まれつきお腹に袋を持っているそうだ。見た目は両手でマルを作った程度の大きさだが、地霊様の加護によって見た目の何倍もの容量があるとのこと。瘴気領域の主との闘いのときに貸してくれたハンマーもそこから取り出したんだそうだ。
いまくれたミスリル銀のハンマーはめちゃくちゃ重たいので普段は袋に入れていないとのこと。受け取った際の感触であるが、わたしもセーラー鎧モードで限界までパワーアシストのレベルを上げないと自由自在に振るうことはむずかしいだろう。
戦闘モードのドワーフ軍団がへそ出しルックなのもこれが理由だ。腹の袋からすぐに武器を取り出せるようにしているわけだ。そういえば、アヒージョ・ナイト・フィーバーのときもミリーちゃんがどこからともなく皮手袋を出してくれたが、あれもお腹の袋に入れていたのだろう。
子どもが小さいうちはこの袋に入れて育てるらしい。なるほど、そういえばドワーフ村で赤ん坊や小さな子供を見たことがなかった。みんなお母さん、お父さんのお腹の中ですくすく育っていたのか。地球で言う有袋類の生態に近いのかな? カンガルーの親子よろしく、ローガンさんのお腹の袋から顔をのぞかせているちっちゃなミリーちゃんを想像して思わずクスリと笑った。
「そのとおりです、ご主人。ドワーフの出産・育児形態は地球でいうところのカンガルーやコアラ等の有袋類に近いものがあります。子宮や胎盤が未発達なため、ごく小さな状態で子どもを産み、それを袋の中で育てます」
セーラー服君が動物番組の解説のようなことを言い出す。
「そのため、ドワーフは妊娠期間がごく短く、出産時の母体の負担も少ないという特徴があります。ご主人には育児嚢がないので子育ては難しいですが、そこは育児経験のあるドワーフたちに協力を願えば返って効率的でしょう。誕生直後から自立するゴブリンやオークに比べれば効率は落ちますが、人間と比べればはるかに多くの子孫を望めるでしょう」
あー、そこにつなげるかー。やっぱそこにつなげるかー。
「というわけでローガン氏、ご主人を後妻に迎えるというのはいかがでしょうか?」
「は? あ、え? すまんがおれは一生涯を妻とミリーに捧げる誓いを立てていてな……。いや、なんか、悪いな嬢ちゃん」
ローガンさんがしどろもどろになりながら謝ってきた。はい、なんにもしてないのにフラレましたー! 別にローガンさんとどうこうなりたいなとか思ってなかったけど、なんかすんごい敗北感に包まれますー!
「あー、つまり嬢ちゃんは、婿探しの旅の最中ってことなのか?」
「いえぜんぜん違いま「はい、そのとおりです。ご主人は精力盛んにして生存能力に優れる異性と多数の子孫を設けることと、瘴気領域の主を討伐することを使命として旅をしているのです」
わたしの言葉をセーラー服君が遮る。この野郎……!
「なるほどな。何やら事情があると思って深くは聞かなかったが、そういうことだったのか。ふむ、おれは期待に沿えんが、独り身の若い男衆ならいくらでも紹介できる。いままで嬢ちゃんは子どもだと思って女子供の席に交ぜていたが……今日からは大人衆と交じって飲むか」
あ、いや女子会のままでいいっす。女子会のままがいいっす。
「ガハハ! そう恥ずかしがるな。いままで男衆とはあまり交わりがなかったからな。まずは顔合わせだと思えばいい」
わたしの拒絶を遠慮や羞恥と勘違いしたローガンさんが私の手を引いてずんずんと男衆の中に突き進んでいく。
「おう! 皆の衆、聞け! 料理の聖女にして厄災を払いし英雄は、なんと婿探しの旅の最中だったそうだ! ってえわけで、今日からは女子供の席じゃなく、こっちで飲み食い唄うこととなった。地霊様の祝福を予感した者は遠慮なく求婚を申し出ろ!」
待てーや。結婚を前提とした顔合わせになっとるやんか。
思わずローガンさんをにらむと小さく笑ってウィンクしてきた。アテレコするなら「照れんなよ、わかってるぞ」だ。だから違う。圧倒的勘違いである。そんなことをわたしは望んでいない。
ここできっぱり勘違いだと主張できないのがノーとは言えない日本人の
当然そんな破廉恥な行いを紳士的なドワーフ男性諸君がするはずもなく、代わりに行われたのは無数の質問をぶつけることだった。どうやってあの巨大な怪物を一人で倒したのかとか、どんな武術をやっていたのかとか、他にはどんな料理が作れるのかとか、バストサイズは具体的にどれくらいかなどだった。最後の質問をしたやつは後でぶん殴る。
今回の一件のことももちろんあるが、以前から女衆とばかり絡んでいるわたしに男衆も興味津々だったらしい。女衆から漏れ伝わる噂で、「聖女様はまだまだ美味しい料理を知っている」だとか、「男衆が数人がかりでも持ち上げられない岩を片手でひょいと放り投げる」だとか、「岩ゴブリンに追われていたのは実は
格闘技に関しても見る専で、格闘ジムに通ったことなんか一度もなければ、学生時代に格技の授業すらなかった。強いて挙げるなら照明の紐に向かってシャドーボクシングをしたのが唯一の格闘技経験だろうか。格闘マンガを読んだりテレビで試合を見るのは好きだったけど。こういう必殺技ができるんじゃないかとか、わたしだったらこうやって攻めるのに、みたいな妄想をするのも好きだったけど。
そんなわけで、樽モジャさんたちには「あくまで見聞きしただけで、わたしはやってませんが」という前提を強調しつつ、地球にあった格闘技や武術、武具などの話をする。これ以上勘違いが広まったらたまらん。勘違い系主人公になってしまったら秒で胃に穴が開く自信がある。
銃の話をしたら聞き書きにも関わらず、近代兵器と言われてもわからないようなスケッチを速攻で描いて見せてきた樽モジャさんがいたけれど、肝心の火薬の作り方がわからんといったらしょんぼりしていた。たしか炭と硫黄と硝石を混ぜれば黒色火薬ができるんだっけ? でもこの物理法則が怪しい世界で同じものが用意できるとは思えないんだよなあ……。
求婚が殺到したらどうしよう……とか不安に思っていたのだが、まったくそんなことはなく、その日の宴会は無事に終わった。普段話さない人たちといっぱい話せたのは楽しかった。楽しかったけれど、なんか納得いかない。いや、よかったんだけど、釈然としない気持ちが残る。
そして翌日。ローガンさんからあるお願いをされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます