第十八話 ちがうそっちじゃない

 お姫様抱っこのままミリーちゃんにずんずんと運ばれ、女子会の席に着く。何人かの女子がきらきらとした目で合掌しているが、見なかったことにしよう。着席すると、例によってジョッキが渡され、ミリーちゃんによる乾杯の音頭だ。ミリーちゃんは未成年女子組では最年長であり、こうした場のまとめ役になっているらしい。


「みさきさんが……いえ、料理の聖女様が無数の料理をこの天突あめつく岩にもたらしてくれただけでなく、厄災の怪物さえ討伐してくださったことを地霊様に感謝して……乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」


 左腕の痛みを堪えつつ、ジョッキを呷る。ぐびぐびぐびっと。ふーむ、何度飲んでもドワーフのお酒エンペールは美味い。仕事の後の一杯! ってかんじだなこれは。今日は起き抜け、というか失神明けでまだ何も働いてないけど。


 続いて右手で料理をつかもうとする。この村に来てはじめて食べたプチハーピーのもも肉焼きだ。わたしがあれこれ作り始めてから多少のアレンジが加わるようになったが、安定して美味しいのがこれだ。かぶりつくと、「お肉食べてるぅぅぅううう」という充足感がある。ではガツッと掴んで……あっ、重っ、痛っ、腕上がらん。まだ右手はおしゃかですわこれ。


 諦めてジョッキをテーブルに置き、左手でお肉をつかもうとするとミリーちゃんに遮られる。


「まだ怪我が痛むんですね。はい、あーん」


 ミリーちゃんがもも肉を突き出してくる。あーんにしてはずいぶん豪快だなこれは。再び何人かの女子がきらきらした目でこちらを見てくるが忘れよう。ええい、ままよとミリーちゃんが差し出してくれたお肉にかじりつく。うむ、変わらぬ美味さよ。そしてこちらを見る目のきらきら度合いが増してる気がする。忘れるったら忘れる。


 あんな事故があった直後に宴会なんて大丈夫かと心配になったのだが、これも天突あめつく岩の氏族の伝統なのだそうだ。さすがにあんな怪物が突然現れたのははじめてのことらしいが、落盤や山崩れなんかの災害や、外から流れてきた魔物の襲撃があったときも、事態が収拾したらこういう宴を催すそうだ。「これで事件は解決しました。大変だったけど、気持ちを切り替えていきましょうね」って感じなのだろう。理にかなっている。


 どうしてあんな怪物が現れたのか……という点についてはローガンさんとオババ様が村の若手の男衆を連れて説明、というか謝罪に来てくれたからわかった。若手って言っても、ドワーフ男性はみんなヒゲモジャの樽マッチョなので年齢がいまいちわからないのだけれど。


「こいつらがな。瘴気石を廃坑に隠してやがったんだ」

「申し訳ねえ……もしもの時の蓄えのつもりが、あんなことに……」

「ふん、わしに言わせればローガンの監督不足だがね」


 なんでも、岩ゴブリンから獲った瘴気石をおかしな方向に持っていく一団を見たローガンさんが、怪しんで後をつけたときに今回の事件が起きたらしい。突如現れた怪物に若手たちは混乱するばかりだったが、ローガンさんがひとりで怪物を足止めしている間にみんなを逃したそうだ。ローガンさん、やはりイケメンすぎる。ヒゲモジャ樽マッチョのくせに。ヒゲモジャ樽マッチョのくせに。


 その甲斐あって、怪我人こそ多数生じたものの、死者はゼロだったそう。それを聞いて口の中に入っていたお肉の味を思い出す。シリアスな話の最中だと料理の味なんてわからんのだよ。相変わらず美味い。噛めば噛むほど旨味がにじみ出る。そしてミリーちゃんよ、飲み込むたびにお肉を差し出すのは一旦やめようか。呼吸困難になる。


「寡聞なる小生に教えていただきたく存じますが、瘴気石を集めると瘴気領域の主……すわなち厄災の怪物が発生するのでしょうか?」


 あー、セーラー服君の、もといわたしたちの使命的にはそこ重要だよね。


「知らないねえ。少なくとも、このオババが生きてきたうちじゃ、はじめてのことだ。誰も瘴気石を溜め込もうなんていう馬鹿をやらなかっただけかもしれないがね」


 と、オババ様はギロリと男たちをにらむ。ローガンさんが肩をすくめた。


「そのとおりだが、あまり言ってくれるな。こいつらもこの郷のことを思ってやってたことなんだ。嬢ちゃんには本当に悪いことをしたがな……」


 ローガンさんにかばわれた若手ヒゲモジャたちは所在なげに縮こまっている。うん、別にかわいくないぞ。


 それはともかく、この一件に黒幕的な存在がいなかったのはよかった。ぐはははー! 我らが魔王様の遣わし第一の刺客をよくぞ打ち破った! 的な展開はゲームならいいがリアルでは1ミリも欲しくない。この長閑のどかなドワーフ村に悪の手先が紛れ込んでたなんて夢見が悪いなんてもんじゃないだろう。


 気にしないでよーってつもりで右手をひらひら振ろうとして、あ、痛い。右手上がんない。ジョッキを握った左手をゆらゆらと振る。なお口の中はミリーちゃんから提供されたお肉でもぐもぐである。美味い。


「嬢ちゃんがこう言ってくれてるから、わしもこれ以上うるさいことは言わんがの。これでわしら年寄りが言うことにも一理あるとわかったじゃろう」

「ああ、骨身に染みてわかったよ」


 ローガンさんが苦笑いしながら右足を叩いた。添え木を当てて、包帯でぐるぐる巻きだ。岩に押しつぶされて骨折していたらしい。


「それよりローガンよ、嬢ちゃんに渡すものがあるんじゃなかったのかい?」

「おお、そうだった。嬢ちゃんにはこいつをやろうと思ってな」


 ローガンさんはお腹に手を突っ込むと、そこから鈍い銀色に光る長柄のハンマーをにゅるりと取り出した。は? え? お腹に手を? それローガンさんの身長くらいあるよね? 宴会の余興のマジック的なアレ???


「ガハハ、驚くのも無理はねえな。こいつはな、我が家に伝わるミスリル銀の戦鎚だ」


 ちがうそこじゃない。

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