第十七話 何やら大きくて柔らかいものが当たっているのはよくわかる

 壁際に崩れ落ちる怪物を見て、トドメを……と追撃しようとしたところで身体が急に重くなる。地面に突っ伏す。


「ご主人、時間切れです。いまの一撃ですべてのエネルギーを使い果たしました。それでは、おやすみなさい」


 えっ、ちょっ、どうすんの!? こんなところで反撃されたらどうにもならないんですけど!?


 わたしの必死の叫びも虚しく、セーラー服君は沈黙。セーラー鎧は光となって消え失せ、元のセーラー服に戻った。


 アドレナリンやらドーパミンやらの効果も切れてきたのか、痛みと、恐怖が蘇ってくる。あの怪物が立ち上がって来たらもう為す術もない。ぷちっと潰されておしまいだ。少しでも、少しでも距離を稼がなきゃ。痛む体を必死に動かし、地面を這いずるがナメクジ以上カメ以下の速度でしか進まない。ちくしょう、頼むぞ。こんなところで死んだら拍子抜けもいいところだぞ。


 頭上から地響き。今度はなんだ!? 地面を這っているから頭上というと通路の方だ。バラバラと地面を打つ豪雨を思わせる音に、金属同士がぶつかり合う音が混じる。これはひょっとして?


「ローガン! ミリー! ○△※□○※! □○※△※□!」


 地響きの正体は金属鎧に身を包んだドワーフ軍団だった。初対面時と同じく、全員へそ出しルックだった。なんでやねん。安心感で全身の力がどっと抜ける。ああ、でも気を失うのはまだ早い。最後の気合を振り絞って怪物の方を見ると、ドワーフ軍団にハンマーでめった打ちにされていた。これならもう心配……ない……よね……?


 そしてわたしは、この世界で二度目の失神を経験した。


 * * *


 目覚めると、視界に入ったのはこの数ヶ月でよく見知った岩肌でした。いや、もうこのネタはいいか。


 お約束のノックの後に、入ってきたのはミリーちゃんだ。


「□○みさき※△! □○※△※□! ※△□○※△※!!」


 んんんー? わたしの名前が呼ばれてるってことはわかるけど、それ以外がわからないぞ?


「□○※△! □○※△□○□! ※△△※※□○!!」


 ミリーちゃんが泣きながら寝台に横たわるわたしに抱きついてくる。ああ、よかった。ミリーちゃんの怪我は大したことがなかったようだ。相変わらず何を言っているのかはわからないが、何やら大きくて柔らかいものが当たっているのはよくわかる。当ててんのか?


 スカーフを引っ張って小声で言う。起きろ、おい。翻訳機能だけでも起こせ。


 ブーン……という振動音の後に、シャララランとどこかで聞いたことのあるようなSE効果音


「おはようございます。ご主人。いま小生と翻訳機能を起動しますと、治癒力の強化やパワーアシストの再開が遅れますがよろしいですか?」


 お前は寝てていい。翻訳機能だけ起こしなさい。


「申し訳ありません、ご主人。言語に関わる機能は紐付けられておりまして、それぞれ独立での稼働は仕様上不可能です」


 まいがっ! ここは小うるさい脇役はフェイドアウトして、わたしとミリーちゃんがキャッキャウフフする流れではないのか?


 わたしにしがみついていたミリーちゃんが体を離す。重厚なる胸部装甲の感触がなくなった。ちょっと残念な気もしなくはない。「うふふ」と笑ったミリーちゃんの顔は涙と鼻水でどろどろだった。


「みさきさんとセーラー服さんがいつもの調子でよかったです。私もなんだか安心しちゃいました」


 そういってもらえるのはありがたい。眉間に皺を寄せたシリアスモードなんてのはわたしのガラではないのだ。人生とはのんびりゆったり、マイペースで行きたいものである。


「お腹、空いてますよね? 食事の用意ができてますから、大広間まで行きましょう?」

「うん、ミリーちゃんありがと……うぐっ!?」


 寝台から降りようとするとぐらっと身体が傾く。パワーアシストが完全オフなのを忘れてた。筋肉痛もひどいし、あの怪物をさんざん蹴り飛ばしたせいで足も腰もあちこち痛む。とくに両腕がヤバい。最後の一撃の負荷が祟っているんだろう。


「あの、辛かったら、ここまで持ってきますよ?」

「うん、ありがとう。でも大丈夫。みんなが無事な姿も見たいしさ」

「わかりました。それじゃあ」


 といってミリーちゃんはわたしの脇と膝裏に腕を入れて抱え上げた。ワッツ? イット・イズ・お姫様抱っこ。ほわぁぁ!?


 ミリーちゃんは腐ってもドワーフである。いや欠片も腐ってないけど。むしろピチピチだけど。わたしひとり程度なら軽々運搬可能なパワーの持ち主なので、苦もなく通路をずんずん進んでいく。


 思考が頭蓋内をバウンドしまくってるうちに広場の前まで着いてしまった。広場からは大勢が食事を楽しんでいる喧騒が聞こえてくる。


「ちょま、恥ずい。恥ずいってこれ! 下ろして! ストップ! スタぁぁああップ!!」


 わたしの悲鳴をよそに、ミリーちゃんは遠慮なく広場へと踏み込んだのであった。

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