第十六話 どうだおらっ! これで脳みそグチャグチャだろうがッ!!

 弾け飛んだセーラー服が光の粒子となり、わたしの全身を包む。怪物は突然の光に一瞬たじろいだが、かまわずにミリーちゃんごと左腕を振り下ろす。受け止める。激突。衝撃。足元の地面から砕ける音がする。土煙が舞ってわたしの姿が隠れる。つい先ほどのシーンの再現のようだが、今回は2つほど違う点がある。


 ひとつは、今回はきっちりと受け止めたこと。怪物の腕を両手のひらでがっちりキャッチし、全身のバネを使って衝撃を吸収。ミリーちゃんに伝わるダメージを最小限にした。


 そしてもうひとつは、わたしが身にまとう服がセーラー服ではなくなったこと。土煙が薄れると、そこから白銀に輝く鎧をまとった姿が現れる。白銀の光を放つ額のティアラ、二の腕から先を覆う手甲、セーラー服を思わせるデザインの胴鎧にそこから伸びるスカート状の装甲。膝から足先までは金属製のブーツのようなもので固められ、やはり白銀に輝いている。名付けるならば、セーラー鎧である。


「そのド汚え手を……離せよこのっ、クソ猿がぁぁぁあああ!!!!」


 動揺する怪物の左腕を押し返し、怯んだすきに小指を両手で掴んでひねる。怪物がグォッと唸って慌てて手を引いた。宙に放り出されるミリーちゃんを抱きとめ、怪物の身体を蹴って即座に距離を取る。腕の中のミリーちゃんは……大丈夫だ、呼吸はしてる。怪我の程度はわからないが、少なくとも派手な出血などはない。さらに数回飛び退いてからミリーちゃんを地面に横たえ、再び怪物の方へ向き直る。


「よくもわたしのミリーちゃんをこんな目に合わせてくれたわね……。首の骨へし折ってやるから、よーく洗って待ってろやぁ!」


 まるで血液が沸騰しているようだ。全身に力がみなぎる。闘争心で視界が真っ赤に染まる。地面を蹴る。地面が破裂する。景色が高速で流れる。弾丸と化した全身の体重を乗せて、怪物の喉仏に飛び蹴りを突き刺す!


 よろめきながら数歩後ずさる怪物。跳び蹴りの勢いを殺さず、滞空したまま横っ面に回し蹴りを一撃! 二撃!! 三撃!!! 怪物の肩に足をかけて宙に跳び、脳天に踵落としを叩き込む。どうだおらっ! これで脳みそグチャグチャだろうがッ!!


「残念ですがご主人、致命傷には至っていないようです」


 踵落としの反動で一回転してから着地。怪物を見ると、ふらついてはいるが倒れる様子はない。頭部を守る皮膚もあちこち砕けているが、しゅうしゅうと煙を上げながら再生している。こいつ……ファンタジーの序盤ボスにありがちな再生能力持ちか!?


 だったら話は簡単。再生が追いつかなくなるまで徹底的に連打を叩き込み、あの鬱陶しい砂利皮膚を根こそぎぶち砕いてやればいい。再び跳び上がり、顎を撃ち抜くようにつま先蹴り。返す刀で顔面に踵落とし。そのまま顔面に乗り、地団駄を踏むように連続で踏みつける。これならどうだッ!


 右側からぞわりと肌が粟立つ感覚。咄嗟にブロック。次いで衝撃。踏ん張れるような足場顔面はないので吹き飛ばされる。空中を幾度も回転して着地。勢いを殺しきれず地面を滑る。くそっ、左手ではたき落とされたのか。


「ミリーさんを離したことで行動の自由が増していますね。また、ご主人は体重が軽すぎます。純粋な筋力では瘴気領域の主あれに勝っていますが、衝撃力が不足しています。これでは何千回打撃を加えたとしても致命傷とはならないでしょう」


 くそっ、それならどうする? あいつを確実に仕留める方法……考えろ。考えろ。考えろ。幸い、姿を変え急激にパワーアップしたわたしを警戒しているのか、怪物の方から仕掛けてくる気配はない。あいつが次の攻め手を考えつく前に、何か策を……。


「それから、セーフティ解除モードは長時間は保ちません。エネルギーの利用状況にも左右されますが、あと数分で最低限の生命維持機能を残して小生はスリープモードに入りますのでご注意を」


 そういうことは早く言えぇぇぇええええ!!!!


 どうする? 巨大な岩でも叩きつけてやるか? だがあいつは天井を崩したらしい。おそらく、落盤の下敷きになっても問題なかったということだ。つまり岩石では硬度が足りない。岩を抱えた状態で蹴りつける? いくらパワーで勝った今の状態でもそんな曲芸まがいの攻撃がまともに当てられるとは思えない。どうする? どうする? どうする?


「嬢ちゃん、こいつを使え!!」


 ローガンさんの声。そちらを向くとローガンさん愛用の長柄のハンマーが放物線を描いて飛んできている。助けたときには持ってなかったのにどこから? いやそれはいい。掴む。ずしりとする。柄頭だけでなく、柄まですべて金属で出来ているようだ。この重さ、この硬さならきっと


 ハンマーを受け取った私に何かを察知したのか、怪物がこちらに向かって突っ込んでくる。わたしも怪物に向かって駆け出す。好都合だ。お互いが向かい合って走っているなら相対速度は上がる。つまり衝突時の威力は上がる。わたしを抱きしめるかのように怪物が両腕を振るう。身を低くして躱す。懐に潜り込む。地を擦るように持っていたハンマーをすれ違いざまに振り上げる。怪物の両脇に生えていた左右3本の細い腕が腹を守っている。それがお前の最後の保険か。だがそんなものは知るか。腕の上から、怪物の腹に思い切りハンマーを叩きつける。


 轟音。怪物の細腕が弾け飛ぶ。ちぎれた怪物の皮膚が頬を打つ。血しぶき。赤い。この怪物も血は赤いのか。ハンマーの槌頭がめり込む。ずぶり。肉の感触。両腕に重み。体が持っていかれそうになる。踏ん張る。地面が砕ける。両足に、腰に、両腕に、力を込める。振り抜く。


 ハンマーにかかる重みが急に消えたと思うと、怪物は向こう側の壁に叩きつけられていた。

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