第十五話 独断で恐縮ですが、セーフティを解除します

「馬鹿っ! ミリー、来るな!」

「ミリーちゃん! 止まって!」


 通路から現れたミリーちゃんが一直線にローガンさんに向かって駆けていく。これはダメだ。さっきのわたしと同じパターンだ。あいつはそうやって助けに来た人間を狩っていく腹づもりに違いない!


 ミリーちゃんの目にはローガンさんしか映っていない。あいつの皮膚による迷彩はぱっと見ただけでは気が付けない。わたしも駆け出す。なんとかミリーちゃんを止めなければ。あの怪物の巨大な腕に跳ね飛ばされるミリーちゃんの姿が脳裏をよぎり、うなじがぞわりとなる。間に合うか! 間に合え! 間に合わせろ!!


 もう少しで手が届く、という瞬間にミリーちゃんの姿が消える。どこ!? 弾き飛ばされた!? 叩きつけられたような音はしない。悲鳴。視線を上げる。ミリーちゃんが怪物の巨大な左手に掴まれている。頭に血が上る。ミリーちゃんに向かって跳ぶ。瞬間、視界がぐるりと回る。殴られた。空いた右腕。態勢をを立て直し、怪物の左足をケンカキックで蹴りつける。足の裏に鈍い衝撃。硬い。怪物は小揺るぎもしない。巨大な右拳が降ってくる。右に転がって回避。真上にミリーちゃんの足。掴む。動かない。腹に衝撃。吹き飛ばされる。


「がっ……はっ……」


 地面をゴロゴロと転がってから素早く立ち上がる。腹に重い痛み。痛み止め足りてないぞこんちくしょう。


 見れば、左手にミリーちゃんを捉えた怪物が、右足でローガンさんの頭を踏みにじっている。二重の口がニヤニヤ嘲笑ってるように感じられた。マズイ、囮は一人でいいはずだ。二人とも生かしておく必然性はあいつにはない。


 再び突貫。ローガンさんを踏みつけている足に低空タックル。一瞬、ローガンさんから引き剥がすように上方向に力を加えて、それから斜め下に足を引く。フェイントに引っかかり重心を崩した怪物が仰向けに倒れる。間髪入れずローガンさんの足を挟んでいた岩石を浮かせる。ローガンさんが足を抜く。有無を言わさずローガンさんを掴み遠くに投げ飛ばす。


 追撃し、ミリーちゃんを救出しようと怪物を見るともう膝立ちになっている。まともに立たれるより、この姿勢の方が攻め手がない。あわよくばミリーちゃんを手放してくれていないかと思ったが、怪物の左手につかまれたままだ。そこまで都合よくはいかないようだ。


 目も鼻もない、砂利に覆われて表情もわからない怪物だが、明らかな怒気を感じる。圧倒的優位だったはずの状況から獲物をひとり奪われたのだ。怒りに任せてミリーちゃんを岩に叩きつけたりする可能性も否めない。立て続けに攻めるべきか、一旦様子を見るべきか。まばたきほどの逡巡。先手を取ったのは怪物の方だった。


 右手で岩を掴み、投擲。わたしの頭よりも大きい。こんなものをくらったらただでは済まない。身を低くして回避。次々と岩が投げつけられる。避ける、避ける、避ける、避ける。手頃な岩がなくなった怪物が細かい砂利を掴む。あっ、マズイ。


 散弾のように投げつけられた砂利が全身を打つ。かわしようがない。両腕を十字に組んで顔を守る。顔は女の命、なんて甘ったれた理由じゃない。この状況で目を潰されたら即座に詰む!


 躱せないが、砂利によるダメージは少ない。普通なら痛みでもんどり打っているところだろうが、幸いにしていまのわたしは脳内麻薬漬けのジャンキーだ。顔を守ったまま突貫。再び怪物の左足に組み付く。電柱にぶつかったような衝撃。ぴくりとも動かない。足に繰り返された攻撃にさすがに警戒したのか、怪物は腰を落として待ち構えていた。怪物が右腕を振り上げ、左足に組み付いたわたしを狙って振り下ろす。咄嗟に離れる。巨大な右拳が怪物自身の脛を打つ。表皮の砂利が弾け、怪物が雄叫びを上げる。ざまーみろ、自爆しやがった。今度は左拳が降る。そんな大振り当たってたまるか。余裕で避け……だめ、ミリーちゃん。ミリーちゃんを掴んだままだ。受け止めなきゃ。躱して地面に叩きつけられたらミリーちゃんは絶対に助からない!


 両腕を交差させ、頭上にかまえて踏ん張る。衝撃。重い。膝がくずおれる。だが潰されてはいない。ミリーちゃんは? 怪物の手の中でぐったりしている。きっと息はしている。だが予断は許されない。一刻の猶予もない。どうする!? 助けなきゃ! どうやって!? 身体がしびれてる。再び左腕が振り上げられる。どうする!? 動けよ! わたしの身体!!


「ご主人、独断で恐縮ですが、セーフティを解除します」


 セーラー服が光り輝き、弾け飛んだ。

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