第十三話 あれは安全に逃げるためのものであって、助けるためのものじゃない

 地響きを伴う轟音に、茸採りにきていたドワーフたちが一瞬身をかがめる。


「落盤かもしれない! 急いで戻るよ!」


 茸採り班のリーダー的存在の女性が駆け出すと、みんな一斉にその後について走り出す。私も慌ててその後を追う。


 ドワーフ村の入口の洞穴には変化が見られない。有事の際の避難場所とされている大広場まで駆け込むと、怪我をしたらしいドワーフの男たちが応急手当を受けているところだった。


「落盤かい!? 他に怪我人は!?」

「くそっ! 何なんだよあれは!」

「野郎、天井を崩しやがった!」

「落ち着け男ども! 残ってる怪我人はいるかって聞いてんだ!」


 行き交う怒号。駆け回って治療にあたる女たち。頭から血を流す男に、足を抱えて苦しむ男。戦争映画のワンシーンに突然放り込まれたような惨状に、わたしは呆然と立ち尽くすしかなかった。


「お父さん! お父さんはどこ!」


 ミリーちゃんが叫んでいる。ローガンさんを探しているのだ。わたしも慌てて周辺を見渡す。ドワーフの男は顔が髭に覆われていて見分けが付きづらいが、さすがにローガンさんならわたしでもひと目でわかる。ミリーちゃんより背の高い私の方がずっと見つけやすいはずだ。


「お父さん! お父さん返事して!」


 ローガンさんはどこにも見当たらない。あんな頑丈そうな人がちょっとやそっとでどうにかなるわけがない。そう自分に言い聞かせようとするが、動悸が高まって収まらない。


「ご主人、小生の探査によりますと、この広間にローガン氏はいないようですな」


 それを聞いたミリーちゃんがわたしの……というかセーラー服の襟首を掴む。


「どこ!? どこなの!? お父さんの場所を教えて!」

「申し訳ありませんが、ここからではおおまかな位置しかわかりません」

「いいから! 教えて!」


 セーラー服のスカーフが動くと、広間からつながる通路のひとつを指した。


「方向はあちら。探査範囲外ということは、相当に深く潜ったところでしょう」


 セーラー服が言い終わる前にミリーちゃんが駆け出す。えっ、これ大丈夫なの!? 災害時に一番やっちゃいけない行動とかじゃない!?


「検出される瘴気の濃度が上がっています。ひょっとすると、瘴気領域の発生の瞬間に立ち会っているかもしれません。我々の使命を考えるとこれはめったにない機会……」

「そういうことじゃない!」


 セーラー服の言葉を遮って怒鳴りつける。どうする? どうすればいい? 避難訓練ならもちろん受けたことがある。でもそれは地震や火災に備えたものだ。落盤なんて知らない。それにあれは安全に逃げるためのものであって、助けるためのものじゃない。


「ああっ! もうっ!」


 どうすべきかはわからない。わからないが、ミリーちゃんが走り去った方向に向かって駆け出す。状況がわからないローガンさんも心配だが、パニックになったミリーちゃんはもっと心配だ。転んで怪我をする程度ならまだいい。でも二次災害に巻き込まれでもしたらどうなるかわからない。まずはミリーちゃんを捕まえて落ち着かせなければ!


 広場を抜け通路に入り、人の流れに逆らって奥へ奥へと進んでいく。生臭いような、焦げ臭いような、これまでかいだことのない異臭が鼻を突く。


「やっぱりダメだったんだ! 瘴気石なんか貯めちゃダメだったんだよぉ!」


 わめきながら逃げてくる男に気が付き足を止める。


「ちょっとあんた! 何があったか知ってるの!?」

「知らねえよ! わからねえよ! 瘴気石を貯めてたとこが、急に、急にあんな!」

「それはどこ!」

「あっちの廃坑の奥だよ! お前もさっさと逃げろ!」


 男が逃げ去る。ローガンさんが事故に巻き込まれたとしたらそっちか? ミリーちゃんがそちらに行ったかはわからない。だが、事故現場に近づいてなければかまわない。それはそれでミリーちゃんは危険に近づかなかったということだ。考えながらまた駆け出す。段々と人が減る。鼻をつく臭気が強くなる。ここか!?


 通路を抜けると、土煙で曇った広場に出た。祭りを楽しんだあの大広間に比べると遥かに狭いが、それでも周囲50メートルくらいはあるだろうか。一面に大小の岩石が落ちている。


「セーラー服!」

「はい、ご主人。ローガン氏はこの部屋にいますね」


 スカーフが左斜め前を指す。目を凝らす。土煙の先には岩石に足を挟まれ、倒れ込んだローガンさんがいた。


「ローガンさん!」

「馬鹿野郎! 来るんじゃねえ! 逃げろ!」


 反射的に駆け出す。ローガンさんが叫んでいる。ああ、間違いなくローガンさんの声だ。何を言ってる? 助けに来たのに。内容が頭に入らない。一直線に走る。全力疾走。あの岩なら、さっき茸採りのときにどかした岩と大して変わらない。わたしなら問題なく助けられるはずだ。


「来るな! 逃げろ! 来るんじゃねえ!」


 ローガンさんの目の前までたどり着いたと思った瞬間、視界が急速に横に流れる。何? 衝撃!? 横から!!? ふっ飛ばされた!!!?


 岩壁に全身が叩きつけられる。肺の空気がすべて吐き出される。咳き込む。立ち上がろうとして痛みに気がつく。右腕が上がらない。額から熱いものが流れてくる。左手でぬぐって見ると、血?


 わけがわからない。わけがわからないけどローガンさんを助けなきゃ。ローガンさんの方を向くと、土煙の中にそびえ立つ、巨大な人影が見えた。

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