第十ニ話 わたしなら手近な鈍器でぶん殴っている自信がある

 それからの毎日は地獄だった。最初は身体がちょっと重く、扱う道具もせいぜい1割か2割重くなったかなーという程度だったが、それでも床に入った翌日には全身筋肉痛だった。セーラー服君の言うことには、「これまでは筋断裂が起きても即座に修復していたため超回復が起こりませんでしたが、あえて時間を置くことにより筋肉の成長を促しています」とのこと。


 生粋のインドア派であるわたしにとって、筋肉痛なんて経験は何年ぶりかもわからないものだ。おかげさまでふよふよだった二の腕や、たるみがちだった下腹部が引き締まっていく毎日ではあったが……あ、ちょっとこれは達成感があって楽しいかも。なんなら腕立てとか腹筋とかを寝る前にしたってかまわないかもしれない。目指せシックスパック! なんちて。


「筋量増大によりセロトニンの分泌量が増した効果ですね。気分が高揚し、前向きになりますが、攻撃性が増す作用もあるので注意してください」


 あー、なんかこうやって冷静に分析されると萎えるわー。やっぱ筋トレはやめてとっとと寝よう。


 藁状の何かにくるまり、一日の疲れをぐっすり癒やしていると、やがて自然に目が覚める。ミリーちゃんによると、この藁みたいなものは張り付き茸の周辺に生える蔦のような植物で、寝具や繊維など、ドワーフ村ではさまざまなものに活用されているらしい。


「みさきさん、朝食の準備の時間ですよー」

「はーい」


 朝イチ(正確に言うと「すべてを遮る地の果てより雷鳴の轟く刻」なのだが、まどろっこしいので意訳とする)でミリーちゃんが部屋に声をかけに来てくれるのがわたしの一日のルーチンのはじまりである。共同の洗面所で顔を洗い、身なりを整えて調理場に向かう。って言っても、わたしはずっとセーラー服の一張羅だけれど。


 ドワーフたちの食事は朝からガッツリだ。大多数のドワーフ男性が携わっている鍛冶に焼き物、そして鉱石の採掘。これらは重労働なので、一日の始まりはごりっごりのエネルギー食なのである。


 そんなわけで、朝食だからあっさりと軽めのものを……なんて気は抜けない。ひと晩かけて煮出しておいた鶏骨のスープに、焼いて香ばしさを出した鶏肉と茸を加え、塩と香辛料で味付けをしたら具だくさん鶏白湯とりぱいたんスープの完成だ。できればこれにジャガイモを入れたり、麺を加えてさらにボリュームを出したいところだが、ないものねだりをしても仕方がない。


 もう一品はカボチャに似た野菜を茹で、潰して作ったマッシュドパンプキンのようなものだ。砂糖と醤油で煮付ければそのまま日本のカボチャの煮つけと同じ味になりそうだが、やはりないものは仕方がない。煮汁に適量の塩を加え、カボチャもどきの甘みを感じやすくし、仕上げにアクセントとしてバジルのような香りの香辛料を振りかける。


 あっさりした味わいだが、甘味の希少なドワーフ村では「甘くて美味い。腹にも溜まるし、あと甘いし、それから甘い」として好評の一品である。


 朝食ができたからと言ってまだまだ気は抜けない。ドワーフの男たちは昼食をそれぞれの仕事場で食べるのが習慣だ。集中力が高まってきたときに食事をしに戻るのは非効率、とのこと。どこぞの世界の極東にある勤勉な月給取りを思わせるストイックさだ。


 手軽に取れるエネルギー食といえば、お米があればおにぎりだし、パンがあればサンドイッチでよかろう。しかし、両方ないのが辛いところ。というわけでカボチャもどきを平べったく潰して板状にして焼き固め、それに煮詰めたスープの残りを具材として挟む。味が変わらないと飽きが来るので、香辛料を足して適当に味変。


 今日は酢漬けにした根菜を細切りにしたものを加えてなんちゃってバインミーだ。パリパリとした食感が食欲をそそる自信の一品だ。本当なら砂糖を使った甘酢で漬けたかったし、ナンプラー的な調味料があればアクセントに加えたかった。しかし、とにかくにないものはないのだから致し方ない。


 朝昼の食事の支度を済ませると、次は張り付き茸の採取の手伝いだ。ミリーちゃんをはじめ、女衆は「調理場の当番はそれ以外休んでいいんだよ」と言ってくれるのだが、セーラー服君が許してくれない。なんでも、起伏の激しい地形で様々な姿勢を取る張り付き茸の採取作業はバランス感覚や体幹を鍛えるのに最適とのこと。


 わたしとしてはドワーフ女性たちのお言葉に甘えてゆっくり休んでいたいところなのだが、そうしようとすると「やはりフェロモンを……」とかセーラー服君がつぶやきはじめるのでサボるわけにいかない。なんだよこれ、新手のパーソナルトレーニングか何かか? がんばれ! がんばれ! 諦めんなよー! 諦めたら……ひどいよ? 的な。


 セーラー服君のお墨付きの通り、張り付き茸の採取は結構なハードワークだ。急勾配の斜面を登り、岩の隙間に生えている茸を採っていく。狭い岩の隙間に身体をねじ込んだり、時にはほとんど垂直に近い岩壁を這い上がることもある。


 こんな苦労をして採っているのだから、いつかの宴会で張り付き茸の味を褒めたとき、ミリーちゃんが喜んだのも納得だ。というか、こんな苦労して採ったものを「マズイ」と言われたら、わたしなら手近な鈍器でぶん殴っている自信がある。


 あ、この岩の隙間にも生えてる。もうちょい……もうちょいだけど手が届かないな。セーラー服君、ちょっとパワーアシストおねがいしやーす。


 一抱えもある岩をおりゃっと転がし、裏に生えていた茸を剥がし、そしてそっと岩を戻す。自生地を荒らして張り付き茸が採れなくなっちゃったら一大事だしね。サスティナビリティに配慮した採集活動が時代に求められているのだ。


「ひゃー、ホント加護なしとは思えないねえ。こんなこと、男どもでもそうできるやつはいないよ」


 とのお言葉は本日の採集班のリーダー的女性。


「ご主人の基礎体力が順調に向上していますからね。パワーアシストの効果も以前より高まっています」


 こちらはご存知セーラー服君。以前ならわたしがモヤシ過ぎて不可能だった出力が徐々に出せるようになっているそうだ。いまや私の筋力はパワーアシスト込みならヒゲモジャ樽マッチョさんたちをも凌ぐレベルになってきているらしい。


「いまのご主人の身体であれば、セーフティを外して最大限までアシストのレベルを高めてもなんとか耐えられるでしょう。一日休暇をもらい、試運転することを提案します」


 セーラー服君から飛び出した思わぬ「休暇」の言葉に心が踊る。なんかろくでもない予感はするけれど、休みと聞くと反射的に喜んでしまうのが社会人の悲しいさがだ。


 そして次の瞬間、ドワーフ村の方で轟音が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る