第五話 はい。わたしの故郷は地球と言います
小柄なわたしよりもなお頭一つ分以上背の低いミリーちゃんの後をついて、岩を掘り抜いて作られた通路を進んでいく。ドワーフの身長に合わせているのだろう、天井が低くてジャンプしたら頭をぶつけそうだ。
行きすがらミリーちゃんから聞いたところによると、このドワーフの集落は岩山の中に作られており、主な生業としている鉱石の採掘が進むのに伴って何百年もかけて拡大したものらしい。慣れないと迷子になるから、はじめのうちは一人で行動しないようにと注意された。
はい、気をつけます。わたくし高町みさきは方向音痴であります。地下鉄でもよく迷子になりました。
「でも、最近は良質の鉱脈がなかなか見つからなくて……ちょっと不景気なんですけどね」
ミリーちゃんが寂しげに付け加える。不景気なところに押しかけてご馳走になることにちくりと胸が痛む。地球だったら小金に不自由はしなかったし、ご飯の借りくらいなら焼き肉でもおごって返せるところなのだけれど。
「はい、着きました。ここがこの集落で一番大きい、大広間です!」
ミリーちゃんが示した先には、巨大な空間があった。ドーム球場をそのまま地下に埋め込んだようなイメージだ。広い空間にはたくさんのテーブルと椅子が置かれ、数百人はいるであろう無数のドワーフがジョッキを片手に肉をかじったり、椀に入れたスープらしきものをそこかしこですすってはガハガハと笑っている。
いかにもお祭りって雰囲気で、先ほど聞いた不景気という言葉には似つかわしくないが、これがドワーフの標準的な食事風景なんだろうか。
ザ・筋肉ダルマという風体のヒゲモジャさんたちが目立つが、それに混じってミリーちゃんと同じような女の子たちもたくさんいる。大人の女性が見当たらないあたり、きっと料理に忙殺されていたりするんだろう。
「お父さん、お客さんを連れてきたよー」
「おう、ミリーありがとうな。加護なしの嬢ちゃん、気分はよくなったかい?」
一瞬反応できなかったが、ワンテンポ置いてから「加護なしの嬢ちゃん」というのが自分を指しているということに気がついた。こっちの世界では人間のことを「加護なし」と呼ぶんだろうか?
「ああ、聞き慣れなかったか。加護なしっていうのは嬢ちゃんたちみたいな精霊の加護が薄い連中のことを言うんだ。おれたちは地霊の加護が強いだろう? だから、この
「そういえば身体は重くありませんか? 地霊の加護が薄い人がこちらに来ると、調子を崩すことが多いんです」
あー、そういえばだいぶマシになったけど頭が痛かった。あれは二日酔いのせいじゃなかったのか。
「いえ、ご主人。頭痛は二日酔いが原因で間違いありません。地霊の影響が実感されていないのは、小生のパワーアシストの結果ですね。ちょっとアシストをオフにしてみましょう」
いやその前に説明を、と言う間もなく、突然身体が重くなる。なんだこれ、エレベーターで昇るときの感覚を何十倍も強くしたような? ああ、血が下る。頭がくらくらっと……あ、直った。
「アシストをオンに戻しました。地霊の加護の強い土地は地球でいうところの重力、発生原理がまったく異なるので厳密には違う現象なのですが、それが強いのです。およそ、地球の2倍ほどの力になります」
「ほう、あんたらの故郷は地球っていうのかい? 聞いたことがない土地だなあ」
「は、はい。わたしの故郷は地球と言います」
あまりに言い慣れないフレーズに言い淀んでしまった。こんなん外国人向けの日本語の教科書にだって出てこない例文ではないだろうか。というか、地球出身って隠さなくていいのかな……異世界転移物の定番だと、転移者だってことは隠すものじゃない?
「主人の故郷はたいへん離れたところにあり、
「なに、心配はいらねえよ。おれたちドワーフの流儀に詳しい加護なしなんてめったにいねえや」
そういうとヒゲモジャさんはガハガハと豪快に笑った。見た目通り、細かいことは気にしないタイプのようだ。かしこまった礼儀とか肩がこるからフランクに接してくれるのはありがたい。とはいえ、
「あの、たいへん申し遅れましたがわたしは高町みさきと申します。このたびは危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
と腰を45度に曲げての最敬礼。具体的な恩返しの目処はまるで立たないが、感謝の気持ちだけでも態度で示さなければ。
「おれはローガンだ。それも気にしなくていいってことよ。むしろこっちが礼を言わなきゃいけねえぐらいだ。あんだけの数の岩ゴブリンを仕留められることなんてめったにねえからよ」
ヒゲモジャさん改めローガンさんによると、ゴブリンの死体から獲れる皮や骨などの素材は麓の町で高く売れるらしい。なるほど、このお祭り騒ぎは臨時収入を祝う記念パーティ的なことなのか。過去最高売上達成記念祝賀会、的な。
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