第六話 諸君は合法ロリ巨乳種族だったのか

「まったく、岩ゴブリンの大猟を喜ぶとは世も末じゃの……」

「よせよ、オババ。それを言われると苦しいが、最近じゃまともな鉱脈が見つからねえんだ。こうでもしなきゃ、この村が立ち行かねえのはオババにだってわかってんだろ?」


 横から声をかけられ、そちらを見るとミリーちゃんを一回りくらい大きくした女の子が立っていた。柔軟なる胸部装甲もミリーちゃんより一回り分厚い。やはり髪は赤く、年齢は高校生くらいだろうか。名前は……オババちゃん?


「お前さんが噂の客人か。たしかに加護もないし、体を鍛えているようにも見えん。人語を操る服とやらからもさしたる魔力を感じぬが、しかし……」


 オババちゃんが目をすがめてこちらを見つめてくる。なにこれ? なんかわたしに秘められた超パワーとかが覚醒するフラグ? それとも転移者ってことがバレて追放されちゃう系……?


「オババ、やめねえか。客人が困ってるぞ」

「おお、これはすまぬの。なにしろこの歳でな、こう目を細めんとよく物が見えんのじゃ」


 んん? 歳って? ドワーフの女性って高校生くらいで老眼になっちゃうの!?


「ご主人、ドワーフの女性は人間の基準ではいつまでも若く美しく見えるのです。オババ様、小生も知識としては存じておりましたが、こう実際に目にすると驚きを禁じえません。てっきりミリーさんの姉妹かと思ってしまいました」

「ほっほっ、うれしいことを言ってくれるの。服のくせにずいぶんと女たらしのようじゃ」

「ははは、そう願いたいものではありますが生憎と小生は単なる布切れ、この身がドワーフであったのなら、さっそくオババ様を口説いていたところでしたのに」


 イタリア産プレイボーイのような歯の浮くセリフを吐きながらオババちゃんと軽妙な会話を繰り広げる我がセーラー服。こいつ、持ち主のわたしよりコミュ力高くないか……?


「オババはな、この村の長老なんだ。加護なしにはピンと来ねえだろうが、もう何百年も生きてて自分の歳もおぼえてねえくらいだ。だがその分、知恵者だからな。わからないことがあったらオババに聞くといい」

「ふん、いまさらおだてても遅いよ。じゃが、客人よ、山の暮らしは不慣れじゃろうし、加護なしに天突あめつく岩は厳しかろう。困りごとがあればこのオババに遠慮なく相談するんじゃぞ」


 オババちゃん、改めオババ様が微笑みかけてくれる。見た目は女子高生くらいだけれど、その笑顔にはたっぷりの年月をかけて培った深みのようなものを感じさせられた。


「それとな、ローガンよ。百歩譲って岩ゴブリンの皮や骨はいいが、瘴気石だけは掟の通り、地霊様のにお納めするのだぞ。あれは精霊ならぬ身には禍物まがものにしかならん」

「そう毎度言われなくてもわかってるよ。街に売るのは瘴気石以外の素材だけだ」


 ふん、と鼻を鳴らしてオババ様が去っていく。ローガンさんや集落の他のみなさんは岩ゴブリンの大猟を素直に祝っているようだけれど、オババ様はどうやら違うようだ。


 わたしが不思議そうな顔をしていると、ローガンさんが説明をしてくれた。


天突あめつく岩の氏族の掟でな。岩ゴブリンは狩っても売ったり食ったりせず、ぜんぶ捨てなきゃならねえんだ。中でも瘴気石……魔物の体内にあるちっこい石だ。加護なしの街じゃ魔石って呼ばれてるな。嬢ちゃんも見たことくらいはあるだろう? それだけは何があっても絶対に処分しろってことでな。背に腹は代えられねえから、それ以外はオババも他のジジババ連中も目をつむってくれてはいるんだが」


 本当は瘴気石が一番高く売れるんだがなあ……とローガンさんが付け加えるようにぼやく。伝統と新しい価値観のぶつかり合いは異世界でも起きるものなんだなあ。


「すっかり長話しちまった。腹減ってるだろう? 酒も料理も今日は好きなだけやってくれ!」

「みさきさん、あっちに女の子たちが集まってるから行きましょう! 少しですけど、甘いお菓子もありますよ」

「むさ苦しい男どもの中じゃ落ち着かねえだろうからな。さっきも言ったが嬢ちゃんがこの祭りの立役者みたいなもんだ。遠慮なく楽しんでくれ!」


 飲み食べ放題、お菓子付きの女子会と聞いて心が浮き立つ。おっさんに囲まれた宴会は得てしてストレスを伴うものだが、そういうのなら大歓迎だ。お言葉に甘えて楽しませてもらうことにしよう。


 ミリーちゃんに連れられて行った先では、テーブルを囲む赤髪の女子中学生の群れが出迎えてくれた。例によってみなさん重厚な胸部装甲を備えておられる。なんでも、宴の席では成人女性は男性に入り混じって結婚相手を探し、未成年の男女はそれぞれに分かれて同性同士で盛り上がるのがしきたりなんだそうだ。あれ? わたし未成年だと思われてるってこと?


 ミリーちゃんに促されて女子会の輪の一角に収まると、陶器製のジョッキを手渡される。中には白く濁った液体がなみなみと満たされていた。少ししゅわしゅわと泡立っているので、察するに微炭酸のどぶろくみたいなものかな?


 そしてミリーちゃんもジョッキを手にする。


「みんな、お待たせしちゃったけど、こちらの方が例の客人のみさきさんです。それでは、岩ゴブリンの大猟と今日の酒と食事を地霊様に感謝して……乾杯っ!」


 かんぱーい! と唱和が起こり、女子中学生の集団が一斉にジョッキを傾ける。っておーい! これ未成年飲酒じゃないの? 未成年飲酒、ダメ絶対!


「未成年飲酒……? なんですそれ?」


 ミリーちゃんがきょとんとした表情でこちらを見る。Oh、異文化コミュニケーションだ。未成年飲酒の概念がないときた。わたしは「文化を押し付けるつもりはないんだけど……」と前置きをしつつ、故郷では20歳未満の飲酒は正常な発育を阻害するとして禁止されていた、という話をする。ミリーちゃんのすでに十分に発育した胸部装甲に視線をやりながら。


「あはは、さすがにそんなに子どもじゃないですよ。私も今年で30歳ですし」


 えっ?


「そういえば、みさきさんは何歳なんですか?」

「えっ? あっ、わたしも30歳。同い年……になるかな?」

「すごーい! 同い年だったんですね。もう少しお姉さんかと思ってました。やっぱり加護なしの人の年齢はわからないですねえ……」


 まったく同じ感想を、わたしは諸君に捧げたい。諸君は合法ロリ巨乳種族だったのか。

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