第四話 ポンチョの上からでもわかるその柔軟なる胸部装甲の厚み
目覚めると、視界に入ったのは見知らぬ岩肌でした。いや、見知ってる岩肌がそもそも存在しないから。
若干頭が痛む。二日酔いかな……。高濃度アルコールチューハイを一日中飲み続けたのは休みだからってさすがに調子に乗りすぎた。あ、やば。いま何時だろ。月曜は朝イチから会議だから遅刻はまずい。
のっそりと上体を起こすと身体からパラパラと藁のようなものが落ちた。どうも藁をかぶって眠っていたらしい。どういう状況だよそれ。こめかみをぐりぐりと揉み、眠る前にしていたことを必死に思い出す。えっと、録りためてたアニメを消化してて、ケーキ食べて、そしたらなんか真っ白なところに拉致られて、ゴブリンの群れに追われて……。
「はっ!? 異世界!?」
今度はガバっと立ち上がり、頭を打った。超痛い。涙がにじむ。天井低い。周囲を見回すと、岩をくり抜いて作ったような小部屋のようなところだった。その部屋に置かれた木製の寝台で寝かされていたらしい。
「そうだ、ヒゲモジャなおじさんたちに助けられて……。ああ、痛いし、これ間違いなく夢じゃないよね。わたし、異世界転移、しちゃったんだ……」
ノックの音がして、部屋の外から女性の声が聞こえた。
「あの、目が覚めました? 失礼しますね」
ドアが開くと現れたのは真っ赤な髪をした中学生くらいの女の子だった。南米の民族衣装を思わせる柄のポンチョのような服を羽織っている。赤髪とか、コスプレでしか見たことがない。しかし、目の前の女の子の髪の毛はコスプレのように浮いた感じがまったくない。わたしの中の異世界実感ポイントがまた1点追加される。
そして何よりも……ゆったりしたポンチョの上からでもわかるその柔軟なる胸部装甲の厚みはなんじゃい。あのスウェット爆乳といい、一連の流れはわたしに対する精神攻撃なのか?
「め、目が覚めたなら、これを飲むといいですよ?」
胸部を凝視するわたしの視線にひるみつつ、ポンチョちゃんはわたしにお盆に載せた湯呑を差し出してきた。あ、すみません。他意はないんです。ただ自称神様的なアレを呪っていただけの話です。
両手でありがたく湯呑を受け取ると、中には緑茶的な色合いの熱い液体が入っていた。失礼かもと思いつつ、未知の飲み物をそのまま飲めるほどわたしは豪胆じゃない。くんくんと匂いをかぐと……あれ、これお酒?
「はい、私たち
あら、二日酔いなのバレテーラ。よほど酒臭かったのか。ちょっと気まずかったけれど、居住まいを正してお礼を言い、熱い液体を啜る。見た目は緑茶っぽかったけど、味はミント系のハーブティに近い。ミントの香りがアルコールで揮発して、鼻の中を抜けていくような清涼感がある。美味いっす、これ。
薬酒を数口飲んで、少し気分が落ち着いたところで改めてお礼を言おうとポンチョちゃんに向けて姿勢を直したときだった。
「ミリーさん、このたびのご厚情、誠に感謝いたします。おかげさまで無事、我が主人も意識を回復いたしました。何かお礼を差し上げたいところであるのですが、なにぶん身一つで流れ着いたものでして進呈できるようなものもなく……お手伝いできることのひとつでもあればいいのですが」
「いえいえ、セーラー服さん。病み上がりなんですからそんなお気づかいはいらないですよ。まずはゆっくりあなたのご主人さまの身体を労ってあげてください」
「なんという温かいお言葉。重ねて御礼を申し上げます」
「だから気にしなくて大丈夫ですって。それじゃ、私は一旦失礼しますから、食事の用意ができたらまた声をかけに来ますね」
あっれー? なんでセーラ服君、わたしより前にポンチョちゃんと馴染んでるの? っていうか、わたしお礼言いそびれちゃったんだけど……。
「ご主人、なにか不審な点がありましたら口に出してお尋ね願いたく。小生は我が創造主のように読心の力は持ち合わせておりませんので」
「あー、いやー、いろいろあるんだけどさ。とりあえず、あのポンチョちゃん……ミリーちゃんっていうの? なんでさっそく馴染んじゃってるんですかね?」
「ああ、それはご主人が気を失っている間、小生が話していたからですね」
「えっ、服が突然しゃべりだして大丈夫だったの……?」
セーラー服君によると、言葉を操る物品のたぐいは珍しいものの、この世界にはわりと存在するそうだった。しゃべる竜殺しの魔剣とか、賢者として崇められている本だとか、そういうものが広く知られているんだそうだ。って、それって結構なレアアイテムじゃない?
「つまらない駄洒落を言い続けるだけの彫像ですとか、横になると一晩中下手な子守唄を聞かせてくるベッドですとか、そういうくだらないものも多いので、話せる物品だからといってすなわち貴重とは言えないんですよ」
あー……となると、しゃべるセーラー服はくだらないアイテムとして認識される可能性が高い気がする。これがいかつい鎧だったりしたら話は違うだろうけれど、なにしろペラペラなセーラー服だ。防具としての性能は期待できなそうだし、この世界の価値観的にどうかはわからないけど、ドレスとしては簡素すぎる作りだと思う。
「しかし、実際のところ小生に備わっている機能はこの世界における最上級の魔具、魔法の力が秘められた道具ですね、それらと比べても遜色がありません。価値が知られてしまうと面倒ごとを呼び込む可能性は否定できないでしょう」
セーラー服君はかなりの高性能アイテムだったらしい。幸いにして、この世界ではセーラー服というものは存在しておらず、したがってハイティーン女子が青春の一時期限定でしか身に纏う資格のない衣服であるという認識もないそうだ。助かった。初対面の命の恩人たちから「三十路なのにセーラー服着てるイタい女」だと思われていたら、いますぐ次の異世界への転移を希望したくなるところだった。
「あとそもそもなんだけど、セーラー服君はどういう存在なわけ? なし崩し的に普通に話してたけど、冷静に考えるとなかなかに不気味なんだけれども」
「不気味と言われるのは心外ですね。ご主人のこの世界での活動を全般的にサポートするために作り出された存在が小生です。先ほどのミリーさんとの会話も、小生が同時翻訳をしていなければ通じなかったのですよ」
たしかに、普通に日本語で聞こえてたから何も考えずに受け入れちゃってたけど、異世界の住人が日本語を話しているわけがない。地球だって、ちょっと国を離れたらまったく違う言葉を話している人間だらけなのだ。グッジョブやんけ。わたしの中でセーラー服君への評価が急上昇した。
少し突っ込んで聞いてみると、わたしに届く音声はノイズキャンセリング的な処理で打ち消し、翻訳済みの言葉だけを聞かせてくれているらしい。骨伝導で伝えているのでわたし以外にその声が聞こえることはないそうだ。
わたしが話すときにはどうなるのかというと、これまたわたしの発する言葉は打ち消し、立体音響でさもわたしの口から出ているかのように翻訳済みの音声を流しているそう。口の動きに若干の違和感が出るけれど、それも光学的な処理で可能な限りごまかしているらしい。
セーラー服君、きみ、どちらかって言うとファンタジーより
「翻訳以外にも、ご主人の呼吸する大気の浄化、パワーアシストや治癒再生能力の強化、各種探査防諜などさまざまな機能が盛り込まれています。が、ゆっくり説明をしている時間はなさそうです。とりあえず、小生のことは先祖代々伝わる魔具で、肌身離さず常に着るよう家訓で定まっているということにしましょう」
セーラー服君が言い終わると、ノックの音が響いた。ミリーちゃんが食事の知らせに来てくれたようだ。甘えっぱなしでご馳走になるのは気が引けるけれど、何年ぶりかもわからない全力疾走でお腹が空いたのは否定できない。ひとまず遠慮なく食事をいただいて、お腹が満ちたらお礼の仕方を考えることにしよう。
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