第三話 ゴブリンとかと番えばー、毎月10匹以上は確実に産めるよー

「それでねー、話を戻すとー、あなたはこのたび、異世界転生できることになりました! やっほー! おめでとー! パチパチパチぃ!」


 スウェット爆乳は口でパチパチと言いながら両手を叩いた。乳が揺れている。ノーブラやろこいつ、イラッとする。とはいえ、いまはそんな極めて個人的な苛立ちなどよりも優先すべきことがある。私も立派な社会人だ。優先順位は間違えない。


「あの、異世界転移と急に言われましても……。チートスキルをもらって、中世ファンタジー風世界に行くっていう、いわゆるライトノベルやアニメみたいな感じのものでしょうか?」

「そそ、理解が早くて助かるー」

「ええっと、まず転移する先の世界はどんなところで、それからもらえるチートスキルというのはどういう……?」

「はーい、まずはこちらの資料をご覧くださーい」


 スウェット爆乳がそう言うと、空中に半透明のスクリーンが浮かび上がった。中世風の町並みが映し出され、次いで金属鎧に身を包んだ騎士や、ローブを纏った魔法使い、短躯でヒゲモジャのドワーフ、すらっとしたエルフ、全身が鱗で覆われた二足歩行の爬虫類や、醜悪な見た目をした怪物などなどが次々と表示されていく。


「っと、ビジュアルイメージはこんなかんじでーす」

「はぁ……」


 わかったような、わからないような。どんな生き物がどんな街で暮らしているのかは漠然とはわかったけれど、これでまったく知らない世界に不安なく旅立てるかと言ったら絶対にノーだ。


「考えるな、感じろー」

「は?」

「海外旅行とかでもさ、事前に調べてた内容と違うことなんていくらでもあるじゃんー。こういうのはねー、座学でどれだけ聞いてもいくらでも想定外なんてあるからー、ふわっと、ふわっとイメージくらいでちょーどいいのー。先入観は返って毒。当たって砕けろ、この道を行けばわかるさ、犬も歩けば砕け散るってやつだよー」


 ちょっとよくわからないです。あと最後砕け散ってるし。


 まあいい。よくはないが、ここで食い下がっても無駄な予感がひしひしとする。無駄な時間を過ごすより、一旦次の話に進もう。


「ええっと……正直なところ納得しかねてますが……。チートというのはどんなものをもらえるんでしょうか?」


 異世界がどんなところか情報不足でも、それをひっくり返せるくらいの強力なチートスキルをもらえるのなら問題ないだろう。こういうのは俺TUEEEEEな超強力スキルや、一見使えない風に見えて実は超強力なスキルだというのが定番だ。要するに、どっちに転んでも異世界無双が約束されている。


「うーんとねー、そうだねー、あーっ、それがいっか! 身体を直接いじると不具合出やすかったしー」


 スウェット爆乳が私を指差す。正確には私というか、私の身体だ。うん、もしかして……?


「その服にねー。色んな機能をつけてあげるー。大気組成が違うからー、まず呼吸のサポートは必須でしょー。それからー、運動不足みたいだからパワーアシストとー、怪我をしてもすぐ死なないように医療関連とー、ある程度自律的に動いてもらえないとだから疑似人格も積んでー。それからそれからー……」


 やっば、恥っず。セーラー服から着替えてなかったやん。えっ、これがチート装備になるの? わたしきっちり三十路だよ? 三十路がセーラー服で異世界行くの? それなんて罰ゲーム?


 羞恥のあまり大半を聞き逃してしまったが、どうやら大量のチートがこのセーラー服に備わるらしい。セーラー服がキラキラとした光に包まれる。光がおさまると、ちょっとくたびれていたセーラー服は新品同様にぴかぴかになっていた。なお、形状には一切変化がない。まごうことなきセーラー服そのままである。


「でねでねー。異世界に行ってもらう上でねー。あなたには使命が課されます!」


 スウェット爆乳がびしっとわたしに指を向けた。今回はセーラー服ではなく、しっかりとわたしの顔を指している。


「まずこれから行ってもらう世界はー、結構ピンチなんです。創造神的な人がメンテをサボってるからー、瘴気っていう、世界にとってよくないものがあちこちに溜まっちゃってます。瘴気が溜まりすぎるとー、世界中の生き物がぜんぶ死んじゃいます」


 あ、なんか急にシリアス風な話が来たぞこれ。


「あなたの使命はー、その瘴気に対抗すること。瘴気への対抗手段はー、大きく二つあります」


 魔王を倒せとか、世界の秘密を探れとか、そういうやつ?


「ひとつめはー、子どもをたくさん作ること! 瘴気で生き物がたくさん死んでも問題ないように、いっぱい子どもを作って、子孫繁栄するの。産めよ増やせよ地に満ちよってやつだね!」


 は? いや待って、昨今の政治家とかが言ったら大問題になるやつだよねそれ? だいたい私ひとりで何人産めるかって話よ。


「そのへんはだいじょうぶー。ゴブリンとかオークとかとつがえばー、毎月10匹以上は確実に産めるよー。群れからは女王様扱いになるだろうしー、けっこうおすすめ!」


 スウェット爆乳がキメ顔で微笑みかけてくる。すごく張り倒してやりたい。


「えっと、さすがにその方法はナシなので、もう一つの方を……」

「えー、そうなの? 私的には確実だしおすすめの方法なんだけどなー」


 ものすごく張り倒してやりたい。誰が好き好んでゴブリンと涙あり笑いありの愉快な大家族を作りたがるというのか。


「じゃあー、あんまりおすすめしないけど、もうひとつの方法ー」


 すんごいろくでもない予感がするけど、聞かないわけにいかないだろう。


「世界中に点在する瘴気領域を探索し! 瘴気の中核となっているボスモンスターたちを倒して回るのだーっ!」


 スウェット爆乳の背後からぺかーっと後光が差し、なにやら決めポーズを決めている。あ、これさっきわたしが鏡の前でやった戦隊ヒーローポーズだ。本気で恥ずかしいからやめて。お願い。


 想像していたよりもはるかにましな内容だったけれど、思いっきり荒事だった。スウェット爆乳の向こうのスクリーンにはすんごい巨大なドラゴン的なものが映っている。これがボスモンスターとやらなんだろう。


 画面端には小さく「※この画像はイメージです。実際のボスモンスターとは異なる場合があります」と書かれている。なんでそういうところだけ芸が細かいんだよ。


 そんな注釈は脇に置いても、武道経験ゼロで、平均的30歳女性よりも体力が劣るであろうインドア派の私がこんなものに勝てる道理がどこにある。


「あのー、今回のお話、たいへんありがたくは思うのですが、お断りするわけには……」

「あっ、もう次の人の時間ー。では未来の勇者ないしゴブリンの女王よ! 異世界に旅立ち、世界を救うのだー」

「えっ、ちょっ、拒否権とかそうい……」

「ないー」


 わたしの身体が足元から光の泡のようなものに包まれる。光の泡が通過した足先から徐々に消えていっている。これもしかしなくても、もう転移がはじまってる!?


「あのっ、訪問販売にはクーリングオフとか「ないー、いってらー」


 目の前が光の泡に包まれ、思わず目をつぶると、次に目を開いたときにはそこは見知らぬ山の中だった。そんでもって、数分と経たないうちにゴブリンの群れに追いかけ回され、物語の冒頭につながるという次第だ。


* * *


「えっと、これで何万人目だっけ? まいっかー。次行かなきゃー」


 だるだるのスウェットを着た爆乳の金髪美女がふっと姿を消すと、真っ白だった空間は真っ黒に暗転した。

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